約5年半ぶりに「オーダー」の続編を書く。
続編といっても、
ラストの部分だけである。
このラストの描写については、
「オーダー」を始める前から内容が決まっていたもので、
あらかじめ自分の脳内に用意されていたもの、
というか、
冷凍庫の奥から出して今更ながら解凍したもの、
そんなものだ。
映画好きの人にはすぐ看破されたと思う。
「セッション」は黒澤明の「七人の侍」のオマージュで、
「オーダー」は原作ライアン制作ザナックの「史上最大の作戦」のそれ、
ともに本家の足下にも及ばないレベルでしかない。
なお、各エピソードは時系列として、
意図的に逆に並べてある。
虹田は海辺の広い砂浜で、
子供たちとサッカーをしていた。
パスやドリブルを交えていたところ、突如、
虹田は何かの欲求にかられたように誰もいない遠くへ、
ボールをただ大きく蹴り出してしまった。
虹田は、子供たちに非難され、
自ら遠くのボールを取りにいくはめに。
歩きながら。虹田は歩きながら回想していた。
つい去年の戦闘を。
波打ち際に何か光るものが見えた。
虹田はその光る何かを確かめに寄った。
ボールのすぐ近くまで来ている。
海。波打ち際。それはネックレスだった。
うーん、これはたぶん...
中尉のネックレスじゃないかな...
虹田はすぐに気が付いた。
島の戦争で戦死した、
マチルダ中尉そっくりさんの守備隊責任者である、中尉の、
身につけていたネックレスが、
海を渡って流れ着いていたようだ。
偶然、虹田はそれを見つけてしまった。
すさまじい偶然だ。
そう、その通り。
去年の戦争はすさまじい偶然の連続によって勝ったのだ。
虹田はネックレスを拾い上げた。
手に持ってまじまじと見つめてみる。
中尉...
子供たちが虹田に催促の声を上げていた。
その声にやっと我に返った彼は、
ネックレスをポケットに入れてボールのもとへ。
虹田は子供たちに向かって、
またも大きくボールを蹴った。
絵上と筆木と彩川の三人が、
オイスター専門店で生牡蠣を食べていた。
絵上はノートパソコンをテーブルの上で開き、
遅くて拙いタイピングでなにやらPCを操っていた。
その絵上が話をふと切り出した。
去年の2月末から現在の戦争は始まり...
現在もまだ続いてはいるものの...
大勢はすでに決している...
筆木は話の腰を折った。
で?...
何をいいたい?...
今日は、わざわざ...
絵上はやっと本題に入ることになる。
生牡蠣を食べながら。
ずっと温めていた別のオーダーがあって...
今日は二人にそれを相談したい...
了承が得られれば年末から準備をしたいんだ...
この声を聞いてくれ...
ある外交官が死に際に発したオーダーだよ...
今度は彩川が話に割って入った。
外交官?...
死に際ってどんな死に方をしたんだ?...
絵上が生牡蠣を口の中で噛んで味わいつつ、
返答をする。
自殺だよ...
異国に駐留中に女でトラップを仕掛けられて...
それをネタにスパイを強要され...
しかし自国を売らずに自殺を選んだ...
いま流すぞ...
これが彼のオーダーだ...
絵上、筆木、彩川、
三人とも同時に生牡蠣を食べる動作を休止した。
そろって神妙な表情になっている。
どうか私の母国を守って下さい...
どうか私の母国を守って下さい...
どうか私の母国を守って下さい...
絵上はわざわざ三回も音声をリピートさせ、
PCをいじってそれを止めた。
いま終わりかけてる戦争の前に...
最初に聞いたあのオーダーも聞きたい...
今だからこそなおさらだ...
筆木が絵上にいった。
絵上は黙ってPCに触れつつ聞き返した。
トレーダーが死に際に発したオーダーだよな...
電車に飛び込んで自殺する直前に...
彩川はビールジョッキから体内にビールを流し込む。
言葉を発さずに筆木は頷く。
絵上は生牡蠣を反芻しながら操作している。
どうかこの国を守って下さい...
どうかこの国を守って下さい...
どうかこの国を守って下さい...
絵上。遠くを見通すようなどこか曖昧な、
しかし限りなく懐かしむような風情で。
ここまで来たな...
当たり前のことだが我々は自衛のために戦った...
しかしそれだけでは味気ないということで...
誰かのオーダーを受けた形にしようと決めたんだった...
まさか勝てるとは思わなかったが勝ってしまった...
モルグたちに勝ってしまうと今度は...
その後ろに控えていた連中のさらに強力な勢力によって...
またも我々は存亡の危機に立たされることに...
この鬱展開...
やはり縁起を担いで誰かのオーダーを受けた形にしたいんだ...
うん、どうだろう?...
絵上の申し出に、
あとの二人は不動のまま賛成した。
微動だにせず何も否定しないことで賛意を表した。
ユーリはいつものように、
自宅でスプーンのコレクションに見入っていた。
何時間みつめても飽きない。
何日みつめても飽きない。
何年みつめていても全く飽きない。
そのユーリが、ふと、
背中の後ろに向かって振り返らずに発語した。
至って物静かに。
来たか...
隠れなくていい、姿を見せろ...
何もない空間に、
山伏と森下が現れた。突如。
お前たち、本当に二人で来たのか?...
他にはいないのか?...
本当か?...
俺も随分となめられたもんだな...
いくら落ちぶれた隠居の身といってもな...
ユーリは背中を二人に向けたまま、
あたかも独語症のように続けている。
山伏と森下は並んで立ったままそれを聞く。無表情で。
隠居の俺にまで刺客を差し向けるとは絵上らしい...
絵上にいっとけ、ふざけるな、とな...
いや違うな、お前たちは帰らない...
お前たちは二人ともここで仲良く死ぬ...
さあ、そろそろ始めようか...
絵上は歩いていた。
ネカフェを目指していた。
周囲に気を払いつつ歩いていた。
歩道を歩いていると、目の前に工事中のビルがある。
見上げると高いビルの上の方で、
何やら作業をしていた。
絵上はビル脇の歩道を避けるようにして、
横断歩道で反対側の歩道に移っていく。
さらに行くと今度は、
建物の角の見通しの悪い小路があり、
絵上はその手前で立ち止まった。
とその次の瞬間、車が小路から軽く飛び出し、
歩道を遮るようにして停車した。
絵上の体のすぐ前に、車は横腹を見せて急停車した。
歩道にあるマンホールのすべてを、
彼は避けて歩いていた。
常に前後左右、首や体幹を捻りつつ視認し、
猛スピードで突っ込んでくる自転車、
噛まれたら大怪我となるであろう散歩中の大型犬、
いかにもメンタル面が危なそうな怪しい歩行者、
いずれもやや距離を空けて歩いて進んだ。
目標のネカフェに、
一歩一歩少しずつ近づいていく。
早く到着することよりも、
安全に確かに身を届けることを優先するかのように、
彼はネカフェに接近していた。
絵上はネカフェの個室に入り、
ソファタイプの椅子に座って一息ついた。
借りてきたDVDを据え置きのパソコンに入れ、
ヘッドフォンのプラグを差し込んだ。
画面を見ながら操作して、
映画の再生をスタートさせた。
両耳に大きめのヘッドフォンを装着する。
紙コップのコーヒーを一口飲んだ。
モルグは自室に座っていた。
焦燥と疲労が顔の皺に刻まれたかのような、
そんな様相を、
隠そうともしていなかった。
そんな時に、ジェイがノック音に続き、
その部屋に入室した。
モルグは座りながらジェイを軽く見つめ、
その次の瞬間、睨むように凝視した。
貴様、ジェイではないな...
誰だ?...
ジェイは答えなかった。
仮面を被ったようにただ立位を保持している。
しばらく静寂がモルグの豪勢な部屋を支配した。
モルグは再び開口。顔の皺は一層深く。
誰かがジェイの肉体の中にいる...
分かった、絵上、貴様だ...
よくここに来たな...
何も起こらなかったのか?...
妙だな、無事に辿り着けたなどと...
ジェイはまだ何も返答せずに、
モルグに相対を続けた。
一度、二人で話してみたかった...
お前はどうだ?...
何かいいたいこともあるんじゃないのか?...
私にはあるぞ...
お前に聞きたいこともあるし、いいたいこともある...
わかるだろう?...
何故だ!...
貴様!なぜ裏切った!...
ふざけるな!...
辺境で燻っていたお前を見出だして抜擢したのは誰だ!...
貴様、何をするべきか忘れたのか!...
お前は私に何を求められて潜入したと思ってる!...
もう一度いう、ふざけるな!...
あちらで軍属として成り上がって...
山ほどの功績を上げ...
多くの競合者たちを退け...
最後にはトップにまで上り詰め、そして簒奪する...
そこまでだ!お前の役割は!...
あとは丸々この私に全てを明け渡せばそれで良かったのだ!...
今頃は目も眩むような報酬を受け取って...
誰もが羨むような贅沢ができたというのに...
この馬鹿者が!...
それが...
この私に楯突き、逆らい、挑み...
一体、お前は何をやっているのだ!...
お前はどういうオーダーをその身に背負っていたのか...
まさか忘れた訳ではあるまい...
どうだ!釈明してみろ!...
黙秘だと?...
何もいえんのか...
何もいいたくないというのか...
いつ裏切りを決心した?...
え?...
モルグが話し疲れたかに見えた後に、
ジェイの肉体のジェイの口から言葉が漏れた。
落ち着いた口調。
驚くなよ...
思い出したのは...
なんと戦う直前のことだよ...
唐突に何となく浮かび上がった...
無理だ...
急に正反対のことなんてできない...
もっと早い時期に思い出していたら絶対に排除されてた...
成り上がった最後に思い出すようにしてたんだろうが...
誤算だったね、できるはずがない...
周囲から信頼もされてる、愛着も強い...
もう完全に向こうの人だよ...
モルグは大きな溜め息をつき、
飽きれたような面持ちになった。
疲労がさらに増している。
ところで借金は返したか?...
お前、莫大な借金を抱えてただろう?...
過去どれだけ殺戮の限りを尽くし...
どれだけ借金を背負っていたか...
あちらでは無数の者たちの死を回避させて...
さぞかし大金を稼いだことだろう...
ひょっとしたらもう借金は返せているんじゃないのか?...
良かったじゃないか...
それでいい気になったのか?...
返した後は、次はどうする?...
殺して救って殺して救って...
そんなことの繰り返しなんだろう?...
大量殺戮、大量救命...
狂ってるとしか思えない...
矛盾の塊だ、貴様などただただ不毛な存在だ...
取るに足りん愚か者だ、いい気になるな...
ジェイの肉体を纏ったその何者かは微笑んだ。
やや無気力に。
もういいんだ、そういうのは...
これからは違うことをやりたい...
とりあえず幸せになってみたいかな?...
モルグは激しく爆笑した。
部屋の隅々はおろか万物に響くほどに笑ってみせた。
全身が爆裂するかのようだった。
絵上!ジョークが上手くなったな!...
今まで聞いてきた中で一番面白いジョークだ!...
芸人の域じゃないか!...
やがて二人とも黙ってしまった。
モルグがその沈黙を破った。
話はもういい...
貴様なんぞには負けない...
遠慮せずかかって来い...


