2012年の年明けから少し前(正確には2月6日)まで、朝日新聞朝刊の連載記事「プロメテウスの罠」で「官邸の5日間」というシリーズが掲載されていた。改めて当時のことを思い返すのに極めて有益な連載であり、やや尻切れトンボのような格好で終わってしまったことが惜しまれるが、ともあれ、目にすることができる人はぜひとも読むべきである。また、菅直人衆議院議員の事務所に頼めば、頼み方次第では或いはコピーを送ってもらえるかもしれない。

 この連載を読んで改めて思ったのは、昨年3月の原発事故勃発の当時に菅直人氏が首相だったことによって日本は救われた、ということだ。既に明らかなように本ブログは菅氏を支持し、応援する立場を明確に打ち出してきたので、言わば身びいきからこう言っているように思われるかもしれない。が、これは身びいきというような話では断じてない。

 例えば、口から出まかせしか言わない鳩山由紀夫(最近「友」紀夫とやらに改名すると発表したらしいが、このことからも窺われる馬鹿さ加減はどうしようもない)が首相だったらと考えると、冗談ではなく、恐ろしさに身震いを覚えざるをえない。それだけでなく、文科系の人間が首相だったら、菅氏のような対応はまずできなかっただろう(鳩山は一応理科系だそうだが、もちろん問題外)。

 連載記事からわかるもう一つの重要なことは、東京電力が骨の髄までどうしようもない、危機対応など全くできない会社だ、ということだ。例えば、「官邸の5日間」第27回によると、次のようにある。

 「東電社長の清水正孝は[3月12日…orchr付記]出張先の関西方面から午前10時ごろ、本店に戻った。地震発生時、夫人同伴で奈良の平城宮跡を見学していた、と毎日新聞は報じている」。

 つまり清水社長(当時)は、原発事故が起きてから半日以上、事故対応を全くせずに遊んでいたか、或いは接待していたか、していたのである。予定を中止して直ちに本社に戻り、対応の指揮を執るのが当然のところだろうが、そういう意識を社長も全く持っておらず、また部下たちも持っていなかったということだ。社長など所詮お飾りでしかなかったのかもしれないが、それにしてもあまりにもひどすぎる。

 しかもこの清水が3月14日から3月15日にかけて何をしようとしたか。この点はこの連載記事の最大の焦点となっているところなので、関心のある人はぜひ自ら記事を読んでみるべきだろう(この点に関する記述は連載第3回から第11回まで、及び最終回の第35回に見られる)。ともあれ、連載記事が強く示唆しているのは、清水が主張した「撤退」とは基本的に、原発で働く人員の第一原発からの全面撤退だ、ということである。これに関して、同じく連載記事第35回の末尾の記述によれば

 「政府の事故調査・検証委員会の中間報告は撤退問題を、官邸側の勘違いとの調子で片付けている」

のだそうだが、こんないい加減な調査であってはいけないだろう。少なくとも朝日新聞の連載記事は、相当数の関係者に当たった上で書かれているようであり、それが違うことを言っているのであってみれば、政府の調査委員会はこの点を今一度調べ直すべきではなかろうか。

 もう1点、この連載記事によって改めて、原子力安全委員長だの原子力保安院だのといった役職・組織のだめさ加減がわかった。そのことを一番よく示しているのは連載第11回の次の部分で、いわゆるSPEEDIの存在に関する記述だ(当時SPEEDIの存在を、首相を始めとする官邸の人々は認識していなかった、ということが連載記事の第1回で述べられている)。

 「[3月15日]午前9時、第一原発の正門付近で毎時1万1930マイクロシーベルトという高い放射線量が確認される。
 このときSPEEDI予測に基づいて住民を避難させていれば、余分な被曝をせずにすんだはずだ。原子力安全・保安院や原子力安全委員会は、なぜ官邸中枢にSPEEDIの存在を伝えなかったのか。
 安全委員長の班目春樹はいう。
 『原発のプラントが今後どうなるかを予測できる人間は、私しかいなかった。その私にSPEEDIのことも全部やれっていうんですか。超スーパーマンならできるかもしれませんけど。役割分担として菅首相にアドバイスするのは保安院です』
 保安院長の寺坂信昭はいう。『保安院がSPEEDIの話をしちゃあいけないことはないが、SPEEDIは、文部科学省の所管です』」

 班目といい寺坂といい、こういう緊急時になぜ「役割分担」などという発想から抜け出せなかったのか。重要なのは事態をどうやって収束するかであり、そのためにSPEEDIという仕掛けが有意義だということを知っていたのなら、自分たちがそれを担当するしないにかかわらず、その存在をまず官邸に伝えるべきことは当然ではないか。こういう連中が問題の対応に当たっていたかと思うと、改めてぞっとする。否、班目などは今でも原子力安全委員長なのだから、これを思えば、直ちに解任してもっとましな学者を起用するべきではなかろうか。

 そして、連載記事から窺えるのは、官邸での対応が実にお粗末だったということだ。これは政治家を責めるために言うわけではなく、明らかに、その下で働く官僚連中がお粗末だ、ということだ。例えば原発関連の危機管理を行なうための部屋として秘書官が首相に勧めた場所は、中2階の小部屋だったそうだが(連載記事第16回)、この部屋は電話が2本しかなくファックスもなく、しかも携帯が通じない部屋だったそうだ。こんな部屋を勧めるとは、全く馬鹿げているとしか言いようがない。

 あれもだめ、これもだめと書いているが、しかしそれでも事故が大惨事へと発展するのを防げたのは、もちろん第一義的には現場で作業に当たった人々の努力によるわけだが、しかしそれだけでなく、その人々を撤退させず、また、体制が整わない中、ベントや海水注入の指示や、電源車の手配を行なうなどした官邸の政治家たちの努力もまた、極めて重要だったと言ってよい。これは我が国の国民が残らず知るべきことだと思われる。