26日の10時頃成田に着き、土曜日にウクライナに帰国してすぐカンボジアに旅立つという強靭なみおさんが泊まりにきたりして、まあ一応落ち着いたのでそろそろまとめを書こうかなと思います。何から書けばいいのかよくわからないので、箇条書きでつらつら書いていこうと思います。


・ウクライナっていう国

あんまりブログには悪いこと書いてなかったんですけど、仮にも東欧だろと思っていたウクライナは、結論としてはヨーロッパではなくまだまだな部分が多分にある国でした。


まずどこ行ってもどうしようもないのが道路!がたがたです汗雪のせいで割れてしまうらしいんですが、それを補修しようという気配すらないシラーあまりにも道路事情が悪いので、2012年に予定されているEUROの開催が危うくなっているとか。


あとは建物の老朽化が激しいです。実際私のホームステイ先も外見の第一印象は完全に廃屋で、着いた当初はこんなところで2カ月も過ごせるのだろうかと不安でした(ま、住めば都ですけどね)。


また、政治的な話ってそんなにしなかったんですけど、親ロシア派と親ヨーロッパ派とで完全に考え方が違っていて、言語政策を始めうまくやっていかないと国自体が分裂してしまう可能性もはらんでいるのではないかと思いました。


ウクライナの人々に関しては、道行く人々に関しては無愛想だしガタイがでかくて怖そうな人もたくさんいたんですけど、親しくなればすごく親切にしてくれるという感じでしたビックリマーク日本に興味を持っている人もたくさんいて、私なんか日本人であるだけで歓迎されたことが何度あったことか!って感じです。


・言葉

やっぱり言語やっているものとして、外国に長期間住んでると言葉に関してはいろいろと考えることがありました。


前から薄々思っていたんですけど、やっぱり言語ってやる気だな、と。例えばクリスティーナは2年半くらい日本語を勉強しているんですけど、すごく日本に興味を持っているから私とも簡単な会話くらいだったら日本語でできるほどになっていました。でも私の場合、ロシア語にはどうしても興味が持てなくて2カ月近くもロシア語を聞きまくってたのにも関わらず、ちょっとしたあいさつを覚えたくらいでした。


英語力に関しては、英語圏に行ったわけではなかったのでそんなに劇的に上がったというわけではなかったんですが、リスニングもスピーキングもわからなくても諦めないようにはなったと思います。相手もネイティブではないので、わからなかったら聞き返したり、単語が出てこなくても違う言葉に言い換えたりするようにしました。だから「正しい英語」ってあんまり話せてなかったかもしれないんですけど、なんとかコミュニケーションをとるためのサバイバル・イングリッシュ的なものは身についたんじゃないかと思っていますにひひ


あと、ウクライナの中高生がかなり英語が話せる子が多いことの理由としては二つ挙げられると考えています。一つは7歳から英語教育を受けているから。でも、たとえ日本の小学校に英語教育が導入されても、私は日本の子どもたちがウクライナの子どもたちのように英語ができるようになるとはあまり思っていません。なぜかというと、英語が話せる子が多いことの二つ目の理由がロシア語が難しすぎるからだからです。実際ウクライナ人自身、英語を勉強するのは簡単だとも、ロシア語の文法は難しいとも言っていました。それに加えてみんななぜか発音もいいんですよ。


・インターンそのものについて

積極的な生徒たちの協力に助けられまくったインターンでした。生徒たちの中には元々日本に興味を持っていた子も何人かいたんですけど、私のプレゼンをきっかけにもっと日本に興味を持つ子が増えてくれればいいなと思っています。おそらくほとんどの子どもたちにとっては私が初めて会った日本人で、そして私以外に日本人にこれから会わない子もたくさんいただろうと思います。だからこそ、日本に関して良いイメージを持ってくれればなと思っています!


今まで日本語でのプレゼンだってろくにやったことなかった私だったので、最初は相当しどろもどろって感じだったと思うんですけど、自然と鍛えられていくもので最後の方は大分慣れることができましたニコニコ


・外国で生きていく上で必要なこと

私は「受容力」だと思います。外国に行ったら何もかも日本と違うことばかりで、日本の常識はまるで通じないわけです。そこで現地の人たちとの壁を取り払う上で必要なのは、とりあえず何でも受け入れてみることなんじゃないでしょうか。もちろん一度受け入れてみて自分に合わなかったり、間違っていると思ったらはっきり違うということは大事ですが、何でもとりあえず体験してみることが大切だと思います。そんなわけで、このインターンでの私のコンセプトは「とりあえず行ってみよう」でしたから。


まとまらないですが、とりあえず今思いつく限りのことは書いたつもりです。本当はもっといろんなことを思ったり考えたりしたんですけど、やっぱりブログには書ききれませんあせる後は私に会ったときにいろいろ聞いてみてください。今回の長い文章最後まで読んでいただいてありがとうございました!それではここらへんで終わらせていただきます。おしまい


※ウクライナの写真をフェイスブックにアップしました!フェイスブックやっている方はぜひご覧ください。

昨日はキエフの中心からドニエプル川沿いをずっと歩いてペチェールスカ大修道院まで行きました!ペチェールスカも世界遺産に登録されているんですが、広大な敷地の中に結構大きめの教会などの建物が点在している感じで、昨日のソフィア大聖堂よりも迫力がありましたビックリマークこの修道院の中には地下墓地があって観光客も入れるんですが、ミイラがたくさん置かれているんですえっといっても、洞窟のような場所なんでまっくらであんまりよく見えないし、ほとんどのミイラが布に包まれているのでそんなにぞっとするような場所ではないんですけどね。


ペチェールスカの帰り、ゆみさんとお昼を食べているときに日本語で2人の方から声をかけられました。1人はウクライナ人の方。キエフの日本センターでちょっと日本語を勉強しているという方で、今度クラブでやるパーティーの中でお茶会をしたいから誰かその亭主をやってくれる人を知らないかということで声をかけてきたらしいです。なんだかよくわかんないんですけど、ゆみさんは探してみるって言ってましたにひひもう一人は日本人の旅人の方。60近いおじいさんだったんですが、すごいんです!!まだ日本を発って2週間くらいって言ってたんですけど、フィンランドからラトビアにわたり、そこからキエフまで来たんだとか。この後も東欧をいろいろ巡って、最終的にイスタンブールまで行きたいって言ってました。あのお年でここまでアクティブに外国を旅できるって本当にすごいなって思いました!!


夜はゆかちゃんとも合流してオペラを見に行きました。題目はリムスキー・コルサコフの「皇帝の花嫁」。全然知らないものだったし字幕なんかも当然ないだろうと思ったので、事前にネットであらすじを読んでたんですがなんだかよくわからない汗まあ実際行ってみてもストーリはかけらもわからなかったんですが、雰囲気だけは楽しめたので満足ですニコニコオペラハウスはすごく豪華できれいだったし、オペラそのものもロシアっぽい内容だったので、変にカルメンとかアイーダとかじゃなくてよかったかもです(ウクライナのカルメンとかなんか合わない・・・)


さて、あと30分ほどでホテルを出発し空港に向かいます。約2カ月書き続けたブログもウクライナからの更新はこれが最後になります。読んでいただいたみなさん、ありがとうございました!コメントしていただいた方さらにありがとうございました!!無事日本に着いたらまた更新します。

22日夜7:30、たくさんの人に見送られて二コラーイウを発ちました。ホストファミリーやアイセックのメンバーなど、本当にいろいろな人が駅まで来てくれてすごく嬉しかったですビックリマーク列車が出発するときは確かに寂しかったんですが、これだけたくさんの人といい関係が築けたんだと思うと本当に二コラーイウに来られてよかったと思いました。


本当は乗りたくなかったんですが二コラーイウからキエフに行くには夜行列車に乗るしかないと言われ、行きと同じように10時間くらいかけてキエフに向かいました(二コラーイウとキエフって実際東京―大阪間くらいの距離なんですよ)。しかし、同じコンパートメントの人が行きと同じくまたまた英語が喋れる人で、すごく親切にしていただきました!キエフでの待ち合わせ場所の駅前のマックまで連れてきていただいて本当にありがたかったですニコニコ


で、キエフではゆうこさんのお友達のゆみさんと7時に待ち合わせてたんですが、1時間たっても来ない汗それでも待ち続け、8:10くらいにようやくお会いすることができました!バスが渋滞にはまっちゃってたらしいですあせる


昨日は世界遺産のソフィア大聖堂とか独立広場とかアンドレイ教会だとか、キエフの街の中心を見て回りました。キエフの場合、バチカンとかミラノのドゥオーモみたいにどれも圧倒されるって感じではないんですけど、観光客も少ないし小ぢんまりしててゆっくり見ることができるなと思いました。


夜は、キエフにバレエ留学しているゆかちゃんと語学留学しているみのりちゃんともお会いし、いろいろお話することができました!話を聞く限り、キエフにはかなり日本人がいるみたいです(学生だけじゃなくってビジネスマンも)。


今日はペチェールスカ大修道院に行って、オペラを見に行きます!!