うらやましいこと

 

今日もネタの一覧をスクロールしていて、ふと引っかかったのがこのテーマ。タイトルとは少しずれた内容かもしれませんがなんとなく思うことを書いてみます。

 

自分が病気がちだと健康な人が羨ましいし、あることができないとそれに長けた人が羨ましかったり、、と自分にないものをもっている人のことを羨ましいと感じたりする気持ちは割とあるのではないかと思います。が、実際、持っていると思われる人の側にたつとこちらからは思ってもいなかった悩みを抱えていることもありがちです。

 

遠い昔に読んだ小説でいまでも記憶に残っている言葉があります。それは「幸福な家庭はどこも似たようなものだけれど、不幸な家庭はそれぞれ違う」みたいなこと。自分の不幸を自ら吹聴する人は少ないし、私は「他人の内情なんてしょせんわからない。目に見えることだけで判断してはいけない。」と解釈しています。

 

幸せな感覚とは「不安や不満がなくて、ほんわかと優しい気持ちになれる状態」、みたいな感じ? そしてその幸せの源も似たようなものだと思います。一方で不幸の源って本当にいろいろあって、千差万別であり他人には推し量りがたいものであることも多々。そしてその人の不幸というのはなかなか他人からは見えづらかったりしますね。相手の表層だけを見ていることも結構あるのでは。そんなことを思いました。

 

トルストイの長編小説「アンナ・カレーニナ」の冒頭です。いま読み直す元気はないけれど世界的な文豪が言っていることはとっても深いと思います。

 

 

 

 

 

 

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