結構前の話。当時勤めていた職場で金曜日、定時退社の日でした。その場のノリで周りの数人と「いまから大阪に行こう」みたいな話になって。そんな体力と気力があった頃なので10年以上昔のことです。

 

大阪についたのは夜の7時頃。ミナミの大きな商業施設だったと思うのですが、そこの駐車場に車を停めて心斎橋のほうへ歩いていくことになりました。その前にトイレに行きました。金曜日の夜はトイレもとても混んでいました。私は用を済ませて手を洗おうとしたのですが、手を洗う場所の前の微妙な位置に女性がひとり立っていたんです。その人、手を洗ったり化粧直しをしている様子もなくて、なんだか不安定に右、左・・と揺れている。

 

変だなとは思いつつも、「鏡の前で自分の姿チェックしてるのかな」と、私は彼女の後ろで順番を待ちました。そのひと、45-50歳くらい。おかっぱ頭に化粧っけのない地味な顔立ちで、当時より10年は昔と思えるような古いデザインの上下スーツにショルダーバッグ姿です。しかし、なかなか鏡の前から移動してくれません。

 

私はすぐに痺れを切らして、「ちょっとすみません。」と彼女の前に割り込んでサっと手を洗い、「失礼しました」っていって彼女のほうを振り返ったんです。でもその女性、私の声なんて全く聞こえてない様子です。私と視線を合わることもせず、何も言わず、なぜか黙々と右に左にステップを踏んで、ゆるく動いているんですね。どこに視点があるのだろう、って思うような虚ろな目。相変わらず妙な感じはしたけれどその時は人を待たせてるのが気になって、急いで外へ戻り、夕食に向かいました。食事のあとは夜の街をそぞろ歩きして、いろんなお店を覗いたり、買い物したり、カフェに寄ってお茶を飲んだり・・気の合う人たちとわいわい騒いで過ごす時間はあっという間でした。気が付いたらもう10時前です。そろそろ帰ろうかということになりました。

 

7時には明るくて人もいっぱいいた商業施設のエリアも店が閉まって人通りはありません。周囲の照明が落とされた中で一か所だけ煌々と灯りがついている場所が見えたのですが、到着した時に入ったトイレでした。駐車場に戻る前に、いちおういっとこ・・と思って私だけトイレに寄りました。足を踏み入れた瞬間、「えええ?」と。心臓が止まりそうになりました。

 

誰もいないガラガラのトイレ。ひとりだけ人がいました。おかっぱ髪に古くさいスーツ。3時間前にいた女の人でした。目雷 それもあの鏡の前。そのひとは同じように右へ、左へ・・ってひとりでステップを踏んでゆるゆる動いてます。「あ!」っと私。

 

とてもその女性の横を通り過ぎてトイレの個室まで・・なんてできず、すぐにUターンして同僚たちが待ってるところまで戻りました。すぐに私が戻ってきたので、「どうしたん?」って聞かれたけど、めっちゃドキドキして「あとで話す。早くクルマへ。💦」みたいな感じで駐車場へ急ぎました。

 

帰り道、車の中で一部始終を話したら周りも「えええ?」みたいな反応でした。あのひと、寂しくてひとりで夜の街をふらふらしてた人なのか、たまたま同じタイミングでその人も同じトイレに戻ってきたのか?それとも幽霊?いや、まさか。いまでも謎です。でもその日、たくさんの人が行き来する都会を数時間歩いて感じたのは、人のまばらな田舎の静けさで感じる孤独と、大都会の喧騒で感じる孤独では後者のほうがずっと深いかもということでした。