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「今、空は悲しいまでに晴れていた。
そしてその下に町は甍を並べていた。
白亜の小学校。
土蔵作りの銀行。
寺の屋根。
そしてそこここ、
西洋菓子の間に詰めてあるカンナ屑めいて、
緑色の植物が家々の間から萌え出でている。」

梶井基次郎の小説
「城のある町にて」からの引用です。

「城のある町」とは松阪のことです。
この作品は大正14年に発表されたもので
前年に病気を患った作者が姉の嫁入り先である
松阪に療養のため滞在していた頃のことを
思い出しながら書いた作品だそうです。

作者は頻繁に松阪城を訪れていたらしく
石垣の上から眺めた松阪の風景を
このように描写しており、
上記の一節は松阪城址のその昔
「月見櫓」があったという場所に
建てられている碑に刻まれています。

小説の中で描写は更に以下のように続きます。

「ある家の裏には芭蕉の葉が垂れている。
糸杉の巻き上がった葉も見える。
重ね綿のような格好に刈られた松も見える。
みな黒ずんだ下葉と新しい若葉で
いいふうな緑色の容積を造っている」

少しページを飛ばして以下のような
一節があります。

「小さい軽便(軽便鉄道)が海の方からやってくる。
海から上がって来た風は煙を陸のほうへ、
その走る方へ吹きなびける。
見ていると煙のようではなくて、
煙の形を逆に固定したまま
玩具の汽車が走っているようである。」

作品の中での町の描写の中で
私の好きな一節です。
当時のゆったりした時間の流れを
感じることができるようです。

大正時代の松阪はこんなふうに
詩情が溢れる美しい風景が
広がっていたのでしょうか。

二枚目の写真は作者が風景を眺めていたと
思われる同じ場所から撮った現在の
松阪の街並みです。
今は緑よりも圧倒的に建物が多いです。
正直なところ、特別に美しい!と感動するほどの
風景でもありません(T.T)

でもこの小説の中に出てくる
何気ない人々のやりとり、風情は
今でも残っているような気がします。
澄み渡った空も当時のまま。

上の写真の歌碑の筆跡は
大正14年に梶井基次郎らと共に「青空」を
創刊した中谷孝雄のものです。
この歌碑は昭和49年に建てられたものだそうですが
じっくり眺めてみたのは今回が初めてでした。

自分の足元のことって
意外と知らないことが多いものです。