23歳で私は母親になった。産まれた子は中田に良く似た女の子。
珠里と名付けられた。


出産をした病院は中田がゴルフを教えているドクターの所だったので待遇も良く、看護師さんも親切、食事もとてもおいしかった。


珠里と退院の日、中田と母が迎えに来た。
当然、中田が病院に支払うお金を持ってきていると思ったのにそうではなかった。

母が「とりあえず支払いしてきます」と呆れ顔で代わりに受付に行ってくれた。

私は中田に「どういう事?」と詰め寄ると「時間がなくて…少しは持っているけど…」と言葉を濁した。


結婚してからも私は中田の給料の額を知らなかった。
月々決まった金額をもらい食費、雑費にあてた。水道光熱費は中田の口座から引き落としされていた。


珠里の、自分の子供の出産費用も用意して来ない情けない男。


中田の両親も自分達の孫なのに10日の入院の間、一度しか来なかった。孫の顔が見たくないのか?私の母は仕事を休んだり、仕事が終ってから毎日病院に通ってくれたのに。


私は退院してから3ヶ月実家にいて、中田との家に帰らなかった。


私と珠里が帰らないからと中田まで私の実家に住み始めた。


中田の世話と珠里の世話で出産後の身体が休まらない。
加えて珠里を見たいと親戚、ご近所、友達がお祝いに毎日たくさん来てくれる。
ゆっくり寝る時間もなかった。
見るに見かねて母は懸命に世話をしてくれた。

母に申し訳ないと思い私は珠里を連れて中田との家に戻る事にした。

私は帰る前にこっそり銀行に行き結婚前の自分の預金からお金を引き出し「中田から」と偽って母に出産費用を返した。

母は察したのか「預かっておくね」 と言った。


珠里がいるので犬は実家で飼ってもらう事になった。
両親はとてもとても大事に犬を可愛がって育ててくれた。




私は特にお金持ちのお嬢様ではない。

両親は共働きで当時の自宅は両親が建てた二つ目の持ち家だった。

小さい時から習い事をたくさんさせてもらい(子供心にはさせられていると感じていたが)不自由なく生活して来た。

県外の大学に行かせてもらえず反発して就職した。


中田は父親が身体が弱かったらしく(表向きはで、実際にはなまくらもの)裕福ではない少年期を過ごしたようだ。
大学もスポーツ推薦で入学したと言った。


新婚生活がスタートした。

私は炊事、洗濯、掃除を余りしたことがなかった。仕事を持っていたのに母が全てやってくれていた。

まずは料理本を買ってきて本を見ながら料理をした。料理と呼べないような料理でも(鉄板焼、すき焼き等)「美味しいね。幸せだね。」と言って食べた。

洗濯は洗濯機がしてくれるがアイロン掛けが下手だった。
中田はシワの入った服は絶対に着ない。
結婚前は下着と靴下以外は全てクリーニング屋さんに出していた。
出費を押さえる為に毎日私はアイロン掛けをした。
ゴルフの練習をしたりするので1日に何度も着替えをする。
持っている洋服はスーツとゴルフウェアばかりなのに私より多いような気がした。

掃除が大変だった。
一番苦手だった。
新婚時代に住んだ所は3DKで二人には広い位だった。
子供が生まれてからは6部屋もある所に住んだ。
今思っても不思議。

最初は「僕も手伝うから」と少し掃除をしてくれた。

ところが、室内犬を飼ったり子供が生まれてからは手抜きをすると文句を言うようになった。

友達や後輩をしょっちゅう自宅に呼ぶので飲み物や料理の準備にも忙しかった。

私は子供を身籠り、中田はとても誕生を楽しみにしていた。
出産予定日を過ぎても生まれなかった。
陣痛が始まった時、中田は昼はゴルフ、夜は飲みに出掛け留守だった。

どこのお店ににいるのか数軒思い当たる所があったので電話しようとしたが何しろ辛くてうまくしゃべれない。

両親に電話して来てもらい中田の行方を捜してもらった。
まだ携帯電話がない時代の話。

中田の居所がわかり慌てて帰宅した。
中田と母と私は車で病院に向った。
父は飼っていた犬を連れて自宅に帰った。





ちょっと待ってよ。
私はまだ心の準備が出来ていないよ。

まだ、中田という人がわかっていないし、結婚って一生に一度の事でしょ?
慌てないでよ。

私の意見は無視されてどんどん話は進んで行く。

中田は私を大事にはしてくれていた。
東京であった友人の結婚式にも私を同伴してくれた。東京に嫁いだお姉さんの家に泊めてもらい色んな所に連れて行ってくれた。
毎日必ず連絡をくれた。

私の家にもよく来るようになり晩ご飯を食べて泊まって行くようにもなった。

「結婚する相手だから構わないよ」という私の両親の言葉だったが、私は度重なると内心図々しいじゃないの?と思っていた。

それが毎日のようになってしまって、正直私は疑問だった。何故自分の家に帰らないの?私だって家族や友達とゆっくり過ごしたい時もあるし。

それなのに私の家から出勤し、私の家に「ただいま」と帰って来る。

中田の両親も自宅に戻らないで嫁となる人の家に入り浸っている息子をどう思っているのか私には理解できなかった。

「毎日こうして一緒にいれて幸せだね」と中田は言うが私は優柔不断で「自分の家に帰って」とは言えなかった。

新婚旅行はどこにしようという話になった。

私の両親はその時まだ外国に行った事がない私に「子供が生まれたら行けなくなるから思い切ってアメリカに行ってみたら?」と言ってくれた。

私も行きたいと思った。アメリカ本土が無理ならハワイでもいい。ゴルフが出来る。

なのに中田は両親の前で仕事など色んな理由をつけて新婚旅行には行かないと言った。

私は涙が出た。

両親も「一生に一度だよ?楽しんでくればいいのに。娘も楽しみにしているし」と言ったが譲らなかった。

そのくせ「結婚したら○○しよう。結婚したら○○に行こう。子供が生まれたら○○しよう」夢物語ばかり話す。

何か違う。

この人と幸せになれるのか不安を感じていた。
本当に結婚していいの?
離婚になるんじゃないの?

22歳の時、杉原さんが建設にたずさわった自宅近くの結婚式場で結婚式を挙げた。新婚旅行はやっぱりなかった。県内の温泉に東京から来た中田の友人達と東京から帰ってきてからの友人と共に一泊した。

たぶん新婚旅行に行く費用がなかったのだろう。
後でわかった事だが、婚約指輪もローンを組んで買っていた。