こんにちは、教えるアナウンサーで
表現することも大好きな、むた あきこです😊
今日はふと感じた、ちょっと不思議な感覚について書いてみます。
---小学生のころ、私は女優さんに憧れていました。
スクリーンの中の人たちの演技があまりにも素敵で
「私も、あの世界に入ってみたいなぁ」と、思ったことを覚えています。
最近、その気持ちの奥にあった“好き”の正体に、ふと気づいたんです。
私、どうやら映画の“音”がすごく好きだったみたい。
---でもね、「音楽」とか「効果音」っていう意味ではなく。
たとえば、
本のページをめくる音、誰かの服がすれる音、コツン、と歩く足音——
そういう、“生活音”と、呼ばれるような、
私たちの身近にある、日常的な音。
映画館のスピーカーからそれがふわっと聞こえてくると、
まるで自分もその場所にいるような、不思議な没入感があります。
---そして気づいたんです。
映像って、基本的に「他人」の姿ですよね。
スクリーンの向こうの俳優さんたちの顔や身体、
どこか「自分とは違う存在」が映し出されている。
だから、映画と映像は切り離せないんだけれども
映像を見ることで、自分とは確実に違う世界だってことを
自覚させられる。
とっても当たり前のことを書いているなぁと自覚しつつ
書いています(笑)
でも、音はちがう。
本をめくる音も、皿洗いの音も、足音も、私も毎日出している音。
その音が映画の中で鳴ると、「私にもできる」っていう感覚になる。
「私も、その世界にいられる」という…
“あの世界に自分も存在できる”ような感覚。
だから私は、映画の“音”に惹かれるのかもしれません。
---こんなことを考えながら映画を観ている人なんて、
もしかしたら少ないのかもしれないですね笑
まぁ、私も、ごく最近気がついたんですけどね。
こういうふとした気づきが、
私にとっての大事な「感性」なんだろうなぁと感じました。
…なんて、ちょっと不思議な話かもしれませんが、
こういう“音の気配”に敏感な自分がいることは、
「伝える仕事」「声の仕事」をしている今の私にも、
つながっている気がします。
聞こえる“音”の奥にある世界を、これからも大切にしていきたいな。
…誰かの役に立つ話ではないかもしれないけれど、
自分の中の「好き」を言葉にするって、
やっぱりちょっと気持ちがあたたかくなる🌷
読んでくれて、ありがとう。また、書きますね。




