ディスをやったものはその作品を扱う資格がない。 | 兎羽ののんびりzepetoライフ

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兎羽と花郁の兄弟でvoxtailというダンスユニットで仲間と楽しく活動しています。毒舌は生まれつき!



カナヲの誕生日でしたね?
今回は祝う立場についてちと、意見を述べさせてもらう。

我々二次創作世界では
ディスをやったものはその界隈からは無論追放である。


そういう意味では。
パクリミは生誕祭をやる資格はない。

あれほどのディス行為をやったやつが主催というのは言語道断。

誰かに招かれて参加者程度は良いとしても。
主催はやってはならないのだ。

なぜなら主催とは責任を持つものであり、その作品の旗手として先陣を切るもの。

その作品を汚した過去を持つやつがやっていいのかと言うとNOなのだ。


なぜか?記憶とは消せないからだ。
いくら記事を下げ、新しい奴らには解らないと居直ろうが。

過去は消せない。
その作品を見てしまったものには、その人間の存在そのものがその記憶を呼び覚まし、不快を与える汚物になる。

やらかした本人も、自分はそういう不純な存在になったのだと自覚をせねばならない。


そして。
その世界から拒絶されるということの意味を理解しなくてはならない。

過去に復権を果たしたやつらは皆、地べたに額をこすりつけ謝罪を示したやつだけだ。
逃げてほとぼりを冷ました程度では残念ながら復権はない。



ディスをやったやつの祭りに参加するということは。
そのディスを許したということになる。
本人が浄化され周りから「赦される」ことがなぜ大切なのか。


二次創作は借り物だ。
他人のキャラを使うのだ。
そのキャラを汚したというのは
万死に値する。
許されていいことではなく、他のファンを否定したに等しいとみなされる



そう。そのディスをやらかした人間に与するというのは。

そのディスを容認したことになる。

即ち同じ位置まで堕ちると言うことだ。


馬鹿な人間はそれすらも考えることができない。
この世界は、趣味の世界なのだ。
やれるから、やりたいから何でもしていい世界線ではない。

礼儀を尊び、原作者を敬い、キャラクターを愛することに濁りをいれないことを基準としている世界線であり。
その基準に達しないものは入ってこなくていい、出ていけと
当たり前に言われる世界
なのだから。



仲間たちはなんの罪も背負わないのに。
愚かな知恵足らずがそこで歌い踊れば
また周りは白い目を向ける。


二次創作とは普通に絵を描くのとは違うということを忘れてはならない。

あくまでも我々の活動はファン活であり、オマージュでなくてはならない。
それを踏み外したものはこの世界での人権を失ったに等しい。

一度やらかした者は失権者だ。
失権者に寄り添うということは、同じく失権するということだ。
あくまでも趣味などの世界。
生存必須の世界ではなく。

同じものを愛するという資格を有さないものは立ち入ることを許されない世界。

そしてディスとは愛していないことを表明したに等しい行いだ。

そんなつもりでは無かったというのなら、過去の人間たちがしたように一人ひとりに頭を下げ赦され。
時間をかけて立ち直るしかない。
それすらもしないものはどうぞ遠慮なく永久に出ていったままであるがいいという世界だ。

優しい世界線などではない。
誰もに許されているのではなく。
鬼滅を真摯に愛しているかで価値が決まり。
そしてそこには清廉さが求められるのだから。


失権した人間の主催する祭りに参加するなど、狂気の沙汰に等しい。

ましてはそれに連座し、その者の行った過去を知る人間が参加すれば、

参加した人間まで諸共抹殺される場合もあるほど厳しい世界なのだ。


むしろファンならば。
なぜお前が?
どの面を下げて祝っている!
怒って然るべきなのだ。

愛するということはエゴイズムであり。
尊いものは原作者とキャラクターだけである。


祝う資格があるのかどうかは二次創作作家自身が立てていくべきものなのだ。
ライト層?そんなものは存在しない。

失権したクズに分類されるか。
真っ当なファンと認められるのか。
二者択一なのだ。

濁りや言い訳、己への甘い寛容など創りての世界には存在しない。
一度落伍したらおしまいと言ってもいい。

そう、過去に一度でもあれと組んだり仲間だったと言うだけでも不味いことに分類されるほど厳しい世界線なのだと忘れてはならない。

過去に組んで今離れたという人にとっては離れましたと示し距離を取ることが必須になる。
そうしなければ同類とみなされる。


それほどに厳しい基準なのだ。

なぜならその世界の住人はすべからく、そのキャラクターを愛している。


冨岡義勇のファンたちのコミューンにあの作品を載せればどうなるのか。
鬼舞辻無惨や煉獄杏寿郎のコミューンにあの者の汚物を陳列したら?


それを許すファンがどこに居る?





祭りをやる能力があるないではない。
資格がないのだ。

反省したらいい?
記事下げたらいい?
そんな甘い話があったというのは聞かない。


何も知らない奴らであっても、ディスをやらからしたやつの祭りに参加したと言うだけで

ディスを容認したという傷を背負う。
攻撃される理由を得てしまう。
まして過去に交わりがありあの出来事を知っていれば「知りませんでした」という免罪符がきかない。



主催をする、それだけであの人間が如何に無反省かがわかる。


まるで相手のことを考えてない。
自分が良ければ何でもやる。

祝いたい?
すでにその資格をなくしてるのに?
あれだけ作品を小馬鹿にしたやつの祝?
ファンでーす?
どの口が言ったのか?


祝とは何だ?

鬼舞辻無惨の股間にピンクのワームを貼り付けてEDの無惨が立ったと馬鹿にする事か?

煉󠄁獄杏寿郎をロリコンにして、穴かあったら入りたいと性的な変態として扱うことか?

冨岡義勇を情けない馬鹿として扱い、不死川実弥を間男として友を裏切るような情けない男にし、胡蝶しのぶを毒婦の保険金殺人をするような女として扱うことか?

何故。
出てくるもの出てくるものが全てそれなんだ?

ガンダムを扱えば、セルアニメとデジタルアニメの違いすらわからず、ガンダムを四つん這いにして後ろから入れて?

何なのだ。
その浅い知識と付け焼き刃は。
語る資格すらないその情けない有り様は。

どうしてそんなにも下品なんだ?
どうしてそんなにもセンスがない?

キャラクターの性格の何を掴んでいる?

そのキャラクターにやらせなくてはいけないことなのか!?

才能がないからか?
年齢による脳の硬化なのか?
なんなんだ?

その全然おもしろくもない下品は。
何一つハッとするものがない。
美麗で目を奪われる絵でもなく、話もどこかで見た凡庸。

切なさも、ズキズキする痛みも、感動も、胸踊るものすらも何も無い。
せめてキャラへの愛なれどあればまだ、見ていられるが。

それすらもない。



そもそもだ。

鬼滅界隈は誰のせいで十字架を背負ったんだ?

たった一人のやり過ぎた馬鹿のせいで背負わなくてもいい十字架を背負わされたに等しい。

否。解っていて巻き込んだのだ。
一人では勝てないからと仲間をかばうのではなく。
今燃え盛っている火事の中に仲間を落とし込んだ。


あの愚か者一人いなければ。
鬼滅は叩かれることはなかった。

たとえ仮に塩のあのキウイがあったとしても。
あれほどのことにはなってないし?

鬼滅をやることそのものは何ら問題なく進んだかもな?
全てはあのバカが鬼滅を巻き込み界隈のことにすり替えたそのせいにある。


まあ?乗った鬼滅もアホだったということだ。


この世界のリファレンスがそうそう変わるか。
たかがニワカが何匹はたいたところで何が変わるか!

何十年とかけて作ってきている。

そしてやっと30年かけて我々は作家として権利を得ている。
間違っていなかったから世間から認められここにあるのだ。


もちろん?何十年も前から私達が提唱しているように、二次創作と1次創作を結ぶパイプラインやプラットフォームは必須であり、これからだろう。

二次創作の出すものが1次創作作家の収益にもなる。そういう仕組み。
二次創作作家は一部を上納することにより、免罪符と作家としての誇りを得られるし?
そして、そのプラットフォームに認められることで公的なお墨付きも得られる。
それは誰もが受けられるのではなく。
そのプラットフォームの審査を受け、1次作家から申し出かあればそこから排除もされる。

作家の権利を守ることでもある。
私はそれこそ翼の時代からそれは言い続けてきている。
今やっと、米国アマゾンで取り組みが始まった。

我々が作ってきた文化であり。
お前たちなど後発も良いところのにわかに過ぎない。
お前たちが何を言おうと何万人という二次創作の作家たちの積み上げてきたリファレンスは変わらない。

ディスは死刑。
永久追放。

これがこの世界のルールだ。

言っておくが炎太郎はディスではない。
性癖を公にするべきではないエリアということだ。
ディスとは貶すこと。
そう。あのクソのやらかしたことが
ど真ん中のディスなのだ。



非常に迷惑だ。
同じにされたくもないし、クズが同じ界隈にいることすら穢らわしい。

ああいうものを1次創作が管理できるという意味でもアマゾンの取り組みは意味があるのだ。



あの界隈が皆、俯き縮こまらなくてはならなくなったのは、一人のそのディス体質のせいなんだよ。

なぜ本人だけがそのことを理解もしないであのざまなのか。一番恥じているべき人間がさわいでいるわけだ。

よくいるよな?小学校の反省会でテメエが叱られてクラスから批判されてるのに、お門違いな発言して更に顰蹙を浴びるやつ。
あれを見てるみたいだ。


あれ一人いなければあの界隈がやってることなんざかわいいものだった。

その主犯が。
どの面を下げて鬼滅を祝うんだ?

鬼滅の刃の主催だけはしちゃならんのだよ。
貶したのだから。

そしてそれはもう周知されたのだから。

祝いたいならまず何をすべきなんだよ?

世間に広くそれが通り過去込みで赦されたならまだわかるが。
謝るという段にすら上がっていない、単なる逃亡者が何様か?
お前が許されたなら
バレなきゃ何をしてもいい
になっちゃう、ということなんだよ。

そんなの許されていいわけ無いだろ?




コアなファンほど怒るのが当たり前だ。

お前だけは祝うな!この腐れ外道が!
他の何を祝ってもいいが、お前だけは二度と鬼滅に戻ってくるな!
こう言われて当たり前だ。

そういう意味ではピザーラも実は石ノ森からそういう判定だよ?
アイツは大物を二人も敵に回してるからね。あの界隈の人はおとなしいけど。
はたけば牙を向くかもね?


頼むからもう何もしないで大人しく鬼滅から離れてくれないかな?
これが元仲間の本音だろうよ。

お前一人いない世界線はこんなにも平和だ。


なぜコアな人ほどお前を嫌うのか?
当たり前だ。
お前は鬼滅を好きじゃない。
好きじゃないからあれができる。
好きじゃないから貶せる。


そんなやつの匂いをコアなファンが嗅ぎ分けないとでも?


周りの祝をよく見返してみることだ。
どれほど違っているのか何が違うのか。

ファンの集まるものはそれだけで暖かく愛おしいよ。

ひいて、反対側には祝うことより友達を陳列して並べることにだけ忙しいさまも見せられる。
明らかに薄ら寒い。

そもそもまともな人間ならどの面下げて??と考える。
とても自分にはその資格はないなと。
それが反省というものだからだ。


無反省でーーす。
これがあいつの答えなんだろう。