今日はめっちゃ寒い。

停電の所や避難所生活の人に比べたら全然暖かい生活できてるんだけど。

家も灯油がそろそろやばくなってきたガーン。

ガソリンスタントへものすごい行列が出来ていた。どこまで続いているんだろう。。

おかんの軽車はガソリン、ヤバし。何かあったときのために乗らないようにしてる。

父が浜辺に放置してきた車さえあればな・・・。浜に行く前に満タンにしたんだって・・・。


今日も、朝から給水所あせるへペットボトルやポットを持って並び、水をもらってきたよ。

幸いな事に、家から給水所近いの。

だから、ちょっと空いてきた時にささっと行ってもらってくる。

ひどい時は水をもらうのに7時間並んだって人がいた。


病気のワンコわんわんの薬がなくなった。

徒歩で動物病院まで行ってきたさ。

その後、スーパーへ食料を調達に行った。


田舎のスーパーなのに、そして寒いのに、ディズニーランドジェットコースター並みの行列。

店の中へ入るのに1時間待たされた。

入店制限や購入制限される。

スーパーへ入っても買いたいものが品切れ叫び

とりあえずな感じで食料を買ってきたよ。お菓子はなぜか豊富においてある。

栄養とか言ってられない。

お腹がいっぱいになる方が大事!!


いつもは車でスイスイの所、本日は5kmぐらい歩いたみたい。

なんて健康的走る人あせる


おふろ温泉に入りたいな。

香水つけて何とかごまかしてるけど・・・。

髪の毛は限界だって思ったから、無理やり昨日洗ってみた。


会社の人達、あたし以外宮城を離れるみたい。

東京の本社の人たちも一部は関西へ行くって言ってた。

福島原発の事もあるからな。。。


あたしは、強制退去とかにならない限り、

ここを離れる事はないと思う。


なんとか、原発問題解決して欲しいよね。

停電だから、ろうそくNGって言われても、それで明かりを得るしかない。。。

なんてロマンティックラブラブとは言えないよね。


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給水車へ並ばなきゃいけないし。スーパーも行列。

トイレの水は近くの川に歩いてくみに行く。

こんな生活全く想像してなかったよ。


13日午後、見知らぬ軽トラックが家の前に停車。

なんと、おとんが降りてきた!!

全く連絡取れないし、波を免れたとしても水や食料が尽きてダメかもとあきらめてた。

しかし、生きてました。

思わず泣いてしまった汗


父の話によると、津波が発生した時、ちょうど2階の窓のところにいたらしい。

海の遠くから黒い線が押し寄せてくる。

あっという間に、知り合いの家が飲みこまれていく光景が目の前に広がったらしい。

2件下の家まで全滅。なにも残っていない。残っているのは瓦礫だけ。。。

しばらくたって、近所のおじさんと周りを見回ったら、

畑のところに泥まみれになった40代ぐらいの女性がうつぶせに倒れていた。

近づくと「痛い、全身が痛い」と言っていたという。

おとんたちは毛布を取りに戻ったり、119救急車に電話をかけに行ったりした。

戻ってきたら、その女性はもう動かなかった、息を引き取っていた。。。

救急にも電話がつながらなかったようだ。しょうがないから、持ってきた毛布をその女性にかけてやり、家にもどったらしい。

13日の朝、ヘリコプターヘリの音が聞こえ、手を振って助けを求めたら、気が付いてもらえたみたい。

近くの高台にヘリが下り立ち、おとんとおじさんと近所の人2人を乗せて飛び立った。

亡くなった女性は別のヘリで輸送するとのこと。


で、近くの避難所に下ろされ、歩いたり、ヒッチハイクしたり、しながら幸運にも午後、自宅に辿り着いた。


自分がそんな事を体験するとは夢にも思わなかったと話していた父。

津波の勢いは予想以上だったと。


離れて暮らす兄familyも無事。父も戻って家族全員が無事でした!!

石巻に住む親戚、宮城県内に住む友人数人と連絡が取れないけど。。。

携帯が圏外だったり、通じないからどうしようもない。


で、昨日の夜10時頃から電気が使えるようになりました。

電気ってなんて暖かいんだろう、便利なんだろうって改めて分かった。

早速朝からパソコンつないで色んなSNSやメールをチェックしてる。

ホントに、国内外を問わずいろんな人から「大丈夫?」「携帯でないけど巻き込まれてないよね?」とか

「必要なものがあったら送るから」とか「家族の分も航空券送るから日本脱出しな」とか

様々なメッセージが入っていた。

それを見てまた泣いてしまった。こんなにあたしを気にかけてくれてる人がいたんだと。

ありがたいよねクローバーこういう言葉。


あたしは自宅で食べ物もそこそこあって、足を伸ばして眠れる。

お風呂には入れないけど、タオルやBioreのシートで体を拭いたり出来てる。

今日はヤカンのお湯を使ってシャンプーしてみたし。

避難所で生活している人に比べたら全然幸せ。


でも、水が自由に使えないのは辛い。。。

お風呂に入りたい。最後に入ったのは11日の朝。しかも塩原温泉美人の湯だよ温泉。

効き目、そんなに持続しないさね~。


仕事も電車が動かない限り行けない。。。

車、売ったし。おかんの車のガソリンがもうヤバし。


原発もやばそうだし。。。なんでそんなんなるかな。。。

せっかく生き残った人たちに追い討ちをかけるような、この仕打ちガーン

宮城もやばいよね。


フィンランドさんは日本を脱出するらしいよ。今新潟だって。

多分、日本に戻ってこないと思う。


去年うに丼食べたお店、海鮮ラーメンもまさに津波の被害に遭ってる地域。

もう、気さくなお店の人、どうなったんだろう・・・。気がかりです。


生活は間違いなく変わるだろうな。どうなっちゃうんだろう。全然先が見えない叫び

生きていけるのかな~。うちら。


他の県の人も停電で協力してくれてたり、募金してくれたり、

東北を応援してくれている。

頑張らないとね。

みなさん。ご無沙汰してます。

3月10日から2日間、親友AとMの3人で那須塩原へ温泉旅行してました。


3月11日の大地震は宮城ではなく那須にいました。

車車に乗ってて、吹雪になってきたからUターンして市街地に戻ろうとした時に

地震が・・・。

車が「ドドド」と縦にゆれ、最初車の故障なのかと思ってました。

「地震?」「火山の噴火?」

何が起こったのか分からないまま市街地へ辿り着いた。

ガソリンスタントについておじさんに話を聞いたら、「三陸沖の地震。宮城では震度7だって!!那須も震度6弱はあったみたい。」って。

うちら3人とも顔面蒼白叫び

家に電話しても繋がらないし、手紙も送れない。

一瞬よぎったのが、宮城にいないうちらだけ生き残ったのだろうか・・・、家も無くなったのか。ってこと。


高速はその時点で通行止め。国道をひたすら北上する事に。

ラジオを聞いていると、津波波の情報が入る。

いつもは高くても2mとかのレベルなのに、10mとか言ってる。。。

父親が毎週金曜から日曜まで海沿いの家で過ごしているんだ。やばいかもな・・・っては思ってた。

福島県相馬で7.3mの津波が観測されたと報道。

その家から相馬はめっちゃ近い。完璧、家ごと波に飲み込まれた、ダメだ。って思った。連絡しても通じないし。

旅行の前、おとんに「宿に着いたら連絡するんだぞ」って言われて、

あたしは「いいじゃん、めんどくさい」って答えた。


これが最後の会話になったのかも。もっと優しくすれば良かった。。汗

と一瞬の間に考えちゃった。


自宅家も残っているのか心配ながらも、何とか12日朝の5時、家に着いた。

玄関に若干のダメージはあるものの、すぐすぐ崩れるような感じじゃない。

おかんもおばあも無事だった。

Mの家は仙台港のすぐそば。ニュースでもその一帯は津波で流されたとの報道があったから、

あたしの家で過ごす事に。

しかし、Mは家族が避難しているところへ行ってみると言って夕方家を出た。

その後、携帯が繋がらず、Mと連絡取れてないしょぼん

大丈夫なんだろうか、きっと大丈夫と信じたい!


停電断水。携帯は圏外。。。。

公衆電話なら繋がると聞いていったけど、全くダメ。

余震がしょっちゅう来るし、眠れない。


(part2へつづく)