みなさん。ご無沙汰してます。
3月10日から2日間、親友AとMの3人で那須塩原へ
旅行してました。
3月11日の大地震は宮城ではなく那須にいました。
車
に乗ってて、吹雪になってきたからUターンして市街地に戻ろうとした時に
地震が・・・。
車が「ドドド」と縦にゆれ、最初車の故障なのかと思ってました。
「地震?」「火山の噴火?」
何が起こったのか分からないまま市街地へ辿り着いた。
についておじさんに話を聞いたら、「三陸沖の地震。宮城では震度7だって!!那須も震度6弱はあったみたい。」って。
うちら3人とも顔面蒼白![]()
家に電話しても繋がらないし、
も送れない。
一瞬よぎったのが、宮城にいないうちらだけ生き残ったのだろうか・・・、家も無くなったのか。ってこと。
高速はその時点で通行止め。国道をひたすら北上する事に。
ラジオを聞いていると、津波
の情報が入る。
いつもは高くても2mとかのレベルなのに、10mとか言ってる。。。
父親が毎週金曜から日曜まで海沿いの家で過ごしているんだ。やばいかもな・・・っては思ってた。
福島県相馬で7.3mの津波が観測されたと報道。
その家から相馬はめっちゃ近い。完璧、家ごと波に飲み込まれた、ダメだ。って思った。連絡しても通じないし。
旅行の前、おとんに「宿に着いたら連絡するんだぞ」って言われて、
あたしは「いいじゃん、めんどくさい」って答えた。
これが最後の会話になったのかも。もっと優しくすれば良かった。。![]()
と一瞬の間に考えちゃった。
自宅
も残っているのか心配ながらも、何とか12日朝の5時、家に着いた。
玄関に若干のダメージはあるものの、すぐすぐ崩れるような感じじゃない。
おかんもおばあも無事だった。
Mの家は仙台港のすぐそば。ニュースでもその一帯は津波で流されたとの報道があったから、
あたしの家で過ごす事に。
しかし、Mは家族が避難しているところへ行ってみると言って夕方家を出た。
その後、
が繋がらず、Mと連絡取れてない![]()
大丈夫なんだろうか、きっと大丈夫と信じたい!
停電断水。携帯は圏外。。。。
公衆電話なら繋がると聞いていったけど、全くダメ。
余震がしょっちゅう来るし、眠れない。
(part2へつづく)