<今回の江戸:五百羅漢寺 >
「目黒のさんま祭
」を見た際に、目黒を散策したのですが、
その時に「五百羅漢寺」というお寺を見ました。
一度、「ユニセフ・ラブウォーク
」の時に来たのですが
その時は、素通りだったので、立ち寄ったのは初めてです。
で、はっきり言って、自分の人生を見つめ直させられました。
まず入り口には
「苦しさに負けず、いつも心あかるく最善を尽くす」
というお言葉で出迎えてくれます。
うう、いきなり反省させられるお言葉・・・。
苦しさには素直に負けております。はい。
そんな時は愚痴って、明るくはなれてません・・・。
先ばっかり見て、今に最善を尽くしているとは
自信を持って言えません。
そして
「施しても、施しても減らぬもの
それはにこやかな顔、なごやかな目、明るい言葉、
身軽な動作」という言葉も。
理想だ。けど今の自分から遙か遠い・・・。
このお寺には300以上の羅漢像があります。
300年前、松雪元慶(しょうせつ・げんけい)禅師
という人が托鉢で集めた浄財(!)を元に
十数年の歳月をかけ作り上げたそうです。
当時は本当に500以上の羅漢像があったそうです。
松雪元慶の像です。
「羅漢」というのはお釈迦さんの弟子だった
人たちのことで、実在の人物のようです。
お釈迦さんが亡くなったとき、お釈迦さんの
教えを正しく広めようと、500人の弟子が集まり
仏教の経典をまとめたそうです。
この500人の弟子達が五百羅漢のモデルだそうです。
羅漢像が安置されている羅漢堂は撮影禁止だったので
画像はないのですが、一体、一体、全然違う顔をしていました。
たった一人の手による、これだけの大量の一流の彫刻が
一カ所に集められているのは世界にも
そうはないんじゃないでしょうか。
そして、それぞれの羅漢像の名前に因(ちな)んだ
金言名句が添えられていました。
気になったものを並べてみます。
自分への自戒を込めてるという意味もあって
だらだら書き綴ります。
読むのが、めんどかったら飛ばして下さい。
「おだやかな顔と優しい言葉」、
「理想を高く持つ」、
「苦労を乗り越え、人生を深く味わう」、
「争いをやめ和合する」、
「仏も昔は凡夫なり」、
「蓮華は泥中より生じて清らかに咲く」、
「善意は報酬を求めない」、
「人を羨ましがらない」、
「今、生きていくことを喜ぶ」、
「相手を敬う心で接する」、
「ひとの長所をみる」、
「賢い人は常に感謝の気持ちを持つ」、
「たじろがず、雄々しく立ち向かう」、
「己を制御できる人ほど自由である」、
「温かい心で人に接する」、
「だまって良いことをする」、
「急がず、たゆまず着実に積み上げる」、
「仕事に打ち込む美しい顔」、
「足るを知るは、これ最上の富」、
「己に厳しく、人には寛容」、
「自分が笑えば相手も笑う」、
「自分の使命を果たす」、
「聞けども行わざるは、聞かざるに等し」、
「喜んで与える人になろう」、
「父の徳行は子のための最上の贈り物である」、
「生きるとは生かされていることである」、
「名誉はこれを追う人を避ける」、
「過ぎたる日を悲しまず」、
「足ることを知らぬものは富めども貧しい」、
「善を誇れば善を失う」、
「慈心ある人は恨みをうけない」、
「苦しみから逃げると楽しみも遠ざかる」、
「まいた種は、遅かれ早かれ芽を出す」
「歳々年々、人おなじからず」、
「笑顔で迎え、感謝でおくる」、
「施して悔いなきが最上の施しである」、
「おかげさまで、という謙虚な心」、
「受けた恩を石にきざむ」、
「人の罪は見やすく、自分の罪は見にくい」、
「何も出来なくても人の幸福を祈ることは出来る」、
「人が施すのを見て、共に喜ぶ心をおこす」
他にもあるんですが、自分としてはたまに
この頁を見て自分が出来ているか確認しようと思います。
羅漢堂自体が厳(おごそ)かで、歴史を重ねた素晴らしい
彫像に囲まれての言葉だったので、
より重みを感じました。
ちなみに僕は仏教徒でもないし、五百羅漢寺の
回し者でもないですよ~。
「再起地蔵尊」。再起の願いを叶えてくれるお地蔵様。
失意の人に気力と努力を。身の丈は3.5mもあります。
「子育て地蔵」。子供達を守ってくれます。
幼子を守り、水子供養もできるそうです。
「庖魂(ほうこん)の碑」。
魚の形をした自然石。魚鳥と庖丁を供養しています。
目黒のさんまのお陰で数多くの至言に出会い、
自分を見つめ直すことができました。
思いもよらぬラッキーっす。






