学校で英語の授業をしていると、ときどき
「なんで英語勉強しないといけないんですか?ここは日本なのに。」
という生徒がいる。ある意味ごもっともである。
私はこの言葉を聞くたびに2つのことを思い、そしてまとめきれなくなり、生徒に対しては笑うことしかできない。
一つは、日本語を大切にすることについてだ。
来日したり、日本に永住したりする外国人の中で、日本語を学ばずに英語だけで過ごそうとする人がいることに違和感を持っている。そしてさらに疑問に思うのは、そういった外国人に英語で返事ができないと謝罪する日本人だ。
なぜ日本で日本語を使わず質問してくる外国人に、母語を使っている者が謝罪をしなければならないのか。
以前、アイルランド文学を学んだ時のことを思い出した。
小国アイルランドは隣の超大国イギリスに武力だけで征服されたのではなかった。
母語のゲール語ではなく英語での仕事が増えることにより、自分たちの文化的歴史的記憶や独自性を失っていったのだ。
おそらく日常でそんなことを考えている人は少数派だと思うが、英語だけで過ごそうとする外国人や謝罪する日本人に対して、どうも違和感を持ってしまう。
そう考えたとき、上の生徒の発言は確かに正しい。
生徒たちには是非、英語で話しかけてくる外国人に同等のことを伝えて欲しい。
「なんでここは日本なのに、日本語を話さないの?」と。
日本で英語が話せないことを謝罪する日本人は、その矛盾に気付いてもらいたい。
英語を学習するのは他の目的があるからである。
決して劣等感を感じるためではない。
英語を学びやすくするためにも、まずは母語を愛し大切にしてもらいたい。
そして自信をもって日本の国で自信を持って外国人に日本語で話しかける勇気こそ、
英語が苦手だという生徒達を励ますのではないかと思っている。
どの国でも英語優性主義が尊重されるのであれば、
西洋で培われた民主主義を貫くだけの精神性も尊重し、
「ことなかれ主義的」で「予定調和的」な風潮が依然として主流な日本で、
堂々と意見を言えるだけの国民性も育てていただきたいものである。
これもまた英語学習の目的の一つであり、英語習得に不可欠だからである。