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『サトウ洋菓子店』…ここだ。
店の前で足を止め外観をぐるっと見渡した。
一階が店舗で二階以上が住宅。外壁は柔らかいクリーム色でところどころ木枠が使われている。
店先にはオリーブの大きな木 端には小さな鉢植えが数個置かれていた。
鉢植えの花は季節毎に変わるんだろう これは…日々草だっけ 紫色の小さな花が沢山咲いている…。
お店に目を戻す。
「懐かしい…。」
ここに来たことがあると思った。きっと何度も遊びに来たよね。
傍に来ると分かる甘い匂い…焼き菓子のあたたかい匂いが胸を温かくする。
「…。」
だけど、
…いっちゃん、いるかな。
扉を開けることを少し躊躇ってしまう。
店内に人の姿は見えない。奥に…いるのかな…。
三日前の告白と三日間の空白は自覚している以上に彼を意識させている。
居て欲しいような居ないで欲しいような…だけど、
「いやいやいや…。」
なに考えてるの私。ジョージさんに頼まれたんでしょ、バイト中でしょ、行かなきゃでしょ…
「…よし。」
気合い入れなきゃならないことになるなんてなぁ…。
小さく深呼吸をし扉を押した。
カラン…
「こんにちは…。」
…ってそんな風に緊張していたんだけど、
「わ…。」
甘い匂いがふわりと広がる光景を目にすれば、
わぁ〜〜…!
さっきまでの躊躇なんてどこへやら。私は引き寄せられるようにショーケースに駆け寄って。
「すごい〜…。」
なにを隠そう私はケーキに目がない。整然と並ぶ色とりどりのケーキを目にすれば戸惑いなんて吹っ飛んでしまう。
宝石みたい、キレイ…。
『サトウ洋菓子店』のケーキがすこぶるレベルが高いことは知っていた。毎日クロフネで提供しているケーキを目にしていたから。
ジョージさんから『残ったら食べていいよ』と言われていたけど、ケーキセットは毎日売り切れて残念な思いをしていて、
「うわぁ…。」
キレイ…センスいい〜…!!
しゃがみ込み眺めるほどで…。
「いらっしゃ…」
あ。
奥から出てきたいっちゃんは私を見て言葉を止めた。
「え…。」
ほんの一瞬、驚いた顔をする。だけど私こそ驚いた。
「っ…。」
いっちゃん、全然雰囲気違う…。
白いシャツに赤いネクタイ 黒いエプロン
長めの前髪をピンで留めている。顔がすっきりして見えてホントこの人どれだけ整った顔してるのって
「…***じゃん。」
単純に…キレイな男の人だなって、思った。
「…お、お疲れさま。…」
いっちゃんは私の来店に驚いていたけどすぐに口角を上げ傍に来た。
「なに。どうした。」
声のトーンに少しだけ優しさが混じっている。
それはまるで 迷い込んだ子どもに声をかけるような柔らかい声で。私はなんだか恥ずかしくなりすくっと立ち上がった。
「ケーキを受け取りに来たの。」
「え?あ、マジ。」
「え?」
「悪ぃ、入れ違い。マスターが来ると思ってた…。」
え?え?
「途中で会うと思って…そか、お前親父分かんねーよな。」
なに、どういうこと…。
話はこう。
お父さんが出かけるから店番しなけりゃならない、だから配達は無理、取りに来てと電話で伝えた。だけどお父さんの用事というのがクロフネでの総会に参加することだったらしく、
「親父がケーキ持って行った。すげー意地悪そうなジジイとすれ違わなかった?」
いっちゃんのお父さんの顔はさすがに覚えてないよ…。
私が来た意味って。
「そか…。…そっか…。」
「そうそう。」
「…。」
そしてこの沈黙。
目を合わせ続けた数秒 先に逸らしたのは私だ。なぜなら、
「じゃ…帰るね…。」
顔が熱くなるのが分かって。なんだか…ドキドキして。
「慣れた?クロフネ。」
え…。
足先を半歩扉に向けた時、いっちゃんは言った。
「バイト上手くやってんの。」
少しだけ首を傾げる。その感じが凄く優しくて、
「…うん。楽しい。」
私はまた向かい合い、笑い返した。
「いっちゃんは忙しそうだね。」
「忙しいっつーか、母親が夏風邪引いてて。親父1人じゃ店見れねーから、この2・3日一日中コキ使われてるって感じ。」
それでクロフネにも顔を出さなかったんだ…。
ホッとしてしまったのはどうしてだろうと思う。
「朝から夜まで…ったく。おかげで超早起きでマジ眠い。」
アワワとあくびをする。タイミング良過ぎて笑ってしまう。
「お母さん大丈夫なの?」
「さっき昼飯ガッついてたから大丈夫じゃね。明日からは出れるだろ。」
「そか。良かった。」
でも、
「俺がクロフネに顔出さねーから気になった?」
「え。」
上から目線の笑顔に意地悪ななにかを感じてしまったら。
「べ、別に!」
「ふーん?」
なんなのもう!
ニヤニヤと顔を覗き込まれる。私は大げさなほど顔を背けたけど、
「お前、今夜ちょっと付き合えよ。」
「え?」
そう言われて。え、なんだろ。
「いいけど、なに?」
「別に。デートって言ったら逃げんだろ。」
「え。」
…いっちゃんはずるいと思った。
彼の言うとおり、デートだと言われたら私は『なに言ってんの』と断った。けれど「ちょっと付き合って」ってそれなら…なんていうか…。
言葉を探す私をクスッと笑う。
「図星。お前分かりやす過ぎ。」
得意げな顔をする…でも次の言葉は少し真面目に言った。
「んな、構えなくていいから。無理にどうこうしようなんて思ってねーよ。」
…視線を外さずに言われる言葉は、
「お前のこともっと知りたいし、俺のことも知って欲しい。だから、二人で会いたいだけ。」
シンプル過ぎて逃げ場がなくて。
強引なはずなのに甘い。もうこの時点で彼のペースにハマっている気がして、
「…こういうのズルくない?」
私はもう顔が真っ赤だ。
「落とすって言ったろ。…あ、いらっしゃいませ。じゃそういうことで。」
お客さんが来て、いっちゃんはショーケースの向こう側に行った。
「…。」
ホントずるいよ。もうドキドキする…。
『夜電話する。』そう耳元で伝えてから。
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