真冬の帰り道 (誓いのキス:鴻上大和) | ANOTHER DAYS

ANOTHER DAYS

「orangeeeendays/みかんの日々」復刻版

ボルテージ乙ゲーキャラの二次妄想小説中心です
吉恋一護 誓い大和 怪盗流輝 スイルム英介 お気に入り
日々の出来事など。

******************


真冬の帰り道 突然の雨に降られた夜だった。


「ウソでしょ…。」


さっきまでかろうじて三日月が輝いていたのに、マンションまであと5分のところで土砂降りなんて。


だけど思い返せば、駅前で友人と待ち合わせした夕暮れ時には雲行きは怪しかった。風も強く随分と冷える。マフラーが無ければ首筋に吹き込む冷気に凍えていたろう。


ホットワインで多少は温まってはいるけれど、帰路でのこの雨だ。後日今日を思い出すことがあるとすれば、間違えなく『極寒』。


「止むのかなぁ…。」


この辺りにコンビニなんてものはない。私は水たまりを跳ねながら屋根付きのバス停に走り込んだ。


「ハァ…。」


もう、最悪。


濡れた前髪から頬に流れる雨水を拭う。そして恨めしく空を見上げた。


「ホント最悪。」


呟いた時だ。


バシャ!


「ックソ、ツイてねーッ。」


えっ


反対側…帰り向かう方向からスーツ姿の男性が駆け込んで来た。


背を丸めたまま濡れたコートを髪を乱暴に振り払う


「ハァ!」


そして髪を描き上げながら長身を起こした。それからハタッと私に目を向けた。


わ、イケメン…。


彼に対する第一印象はそれだ。けれどジッと見るわけにもいかない


慌てて目を逸らし素知らぬ顔で真正面を向く。にも関わらず、彼は私をジロジロと眺めているのが目の端に映った。


…そんな見る?


「…コホン。」


視線を拒むように咳払いをすると、ハッとしたのか雨に視線を移した。そのタイミングで斜めに流した前髪を気にかけるふりをしながらチラッと彼に目を向けた。


…水も滴る良い男ってやつだ。


横顔でも分かる。目鼻のバランスが良く、なにより小顔。随分と色気を醸し出しているのは濡れた頬と乱暴に掻き上げた前髪のせいか。


「…。」


年齢は少し上かも。スーツだし…でも、土曜日なのにもう夜遅いのに こんななにもない住宅街で仕事?なにしてる人だろ。


「…。」


変なの。


私は視線を雨に戻しふぅ…と息を吐く。


「…雪ならまだマシなのに。」


え。


呟かれた声にハッと顔を向けた。小さな呟きが届くとは思わなかったんだろう 彼は、あ…と気まずそうに瞳を揺らしたあと、


「…雨は ねーよな。…」


ぎこちなく口角を上げた。


もし晴れた夜ならナンパかもと敬遠するけれど、こんなびしょ濡れのクタクタになった女を口説くわけはないと思った。


「…ハイ。家まであと少しってところで、降られました。」


「それはお気の毒。」


「…お仕事、ですか?」


「まぁ…。家庭訪問。」


「え、教師?」


「そう。せっかくの休みだっていうのに、生徒が問題を起こして。その帰りにこの雨だ。」


「…それはお気の毒。」


顔を見合わせ お互いの不遇をクスッと笑う。そうしたらなんだか同じ境遇にいることに親近感が湧き、気を許した。


「生徒さんなにしたんですか。」


「居酒屋で酒飲んでた。店員が警察呼んで家に連絡したけど親が留守でさ、高校に連絡があって。で、オレが交番行って家に送り届けた帰り道、だな。」


「…先生って大変。」


「まぁ…。仕様がねー、オレの指導不足だ。冬休み、羽目を外さないようにもっと強く話すべきだった。」


口角を片方だけ上げ 情けなさそうに笑う。生徒を責めずに自分を責める…この人はきっと凄く責任感が強くて生徒思いの先生なんだろう。


「買い物帰り?」


手にしていた紙袋に目を落とされた。


「そう。クリスマスマーケットに。」


「あー。オレ行ったことねー。楽し?」


「イルミネーションが凄くキレイ。ショップも可愛いもの多いし、オシャレなフードカーも来るし。…なんだけど、歩くのもままならない程人が多くて。しかも寒くて。」


「今日休みだしな。なんか食った?」


「ビーフシチュー食べた。1時間並んだよ。」


「へー、外で食うビーフシチューか…。なんか美味そ。」


「そうなんだけど、風が冷たくて。早く食べてもう帰ろうって。」


「プッ。味わう暇もねーか。」


「手もガチガチ、足も悴んじゃって。」


「で、この雨。」


「そ。この雨。」


雨のなか ぼんやりとした街頭の光だけに照らされているバス停


「ビーフシチューも良いけど、オレは屋台でおでんのほうが魅かれる。寒い夜はさ、おでんとビールだろ。」


「それ言えてる。でも熱燗でしょ!」


「いーや、ビール。それと熱々の大根とちくわ。」


「大根は譲れないよね。私、はんぺん。」


それなのにこの場所だけポッと陽が当たっているかのような笑顔と笑い声。


初対面の相手なのに、こんなにお互いクタクタなのに…なんだか楽しかった。


「来週は花火が上がるみたいだけど、晴れるかな。」


空を見上げ、想像する。冬の澄んだ空気に咲く大輪の花はさぞかし綺麗だろう。


「ああ、クリスマスか。また行くのか。」


「行かないよ。恋人同士ばっかのなか、女一人で惨めじゃん。」


「相手いねーのか。」


「先週別れた。」


「…あっそ。」


「クリスマスマーケット、雰囲気良いよ。行ったことないなら行ってみたら?」


「男一人で惨め。」


「…ああ、そう。」


「あ、小降りになってきたな。」


雲が流れているのが見える。きっとこの雨がウソのようにまた三日月が顔を出すんだろう。


「キリねーからそろそろ行く。風邪引くなよ。」


「うん。そっちも。」


改めて顔を見合わせ微笑みあった。私が少し勇気を出して連絡先でも聞けばこれきりにはならないのか。


「メリークリスマス。」


「来週だけどね。」


なかなか行こうとしないのは、彼もそれを思っていたのかな。


「…じゃな。」


「うん。」


・・・・


クリスマスの夜に女一人でクリスマスマーケットなんて、行けない。


「やった、花火よく見える〜。」


のれんをくぐるとほかほかの湯気に硬っていた頬が緩んだ。


「おじさん、まずは熱燗!」


イルミネーションのような煌めきは無いけど、このオレンジ色した小さな屋根の下は心も体も温めてくれる。


「あと大根とはんぺんもね。」


やっぱり寒い夜はおでんと熱燗。


「それと…」


「さっむ!おじさんビール!あと大根とちくわ!」


「あ。」


「え?…あ。」


…それと、新しい恋、かな。



★END★

******************