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「随分片付けたな〜。」
「気になってたのよ、在庫がどこにあるのか分からなかったでしょ?整理整頓は無駄遣いの防止にもなるんだよ。」
久仁彦おじさんは日が暮れる前に帰ってきた。それまでのあいだ、私は久仁庵の掃除に明け暮れる。
とにかく動いていないとあれこれ考えてしまうんだ。不意に泣きそうになるんだ。
「鍋もピカピカ。シンクもピカピカ。」
おじさんは晴れやかな笑顔で鍋を手に取る。
「よし、お礼にすぐに美味いもん作ってやるからな。」
「やった!」
久仁彦おじさんと他愛ない話で笑いながら 途中だった片付けの続きを始めた。
・・・・
「明日は久仁庵を開けるつもりだが、お前は出なくて良いよ。気晴らしに映画でも観に行ったらどうだ?」
夕食を食べながら久仁彦おじさんが言った。
「映画か…。」
なにかしら言われるとは思っていた。久仁庵が開店すれば大和さんは連絡が取れないことに業を煮やしここを訪ねてくるだろう。
もう誤魔化しは効かない、話が出来ないのなら会うな…久仁彦おじさんは遠回しにそう言っていた。
だけど、私が居なくても久仁彦おじさんは大和さんと顔を合わせることになるし…。
「…。」
今日一日セカセカと動き回ったけれど そんな風にしていてもひとつだけ分かったことがある。
結局私は逃げただけだ。アカリさんに会うように言ったくせに 思い通りでなければ拗ねて泣いて結果逃げた。
逃げてどうするんだろう どうすれば良いんだろう どうしたいんだろう…
そもそも大和さんは何をしに来るの。連絡が取れなかったことを怒るの 私に別れを告げたいのに?告げられないから?…
「…今から映画観に行こうかな。」
私はどうするの…。
もう終わらせると決めたのに いざその時を迎えるとなるとまた逃げたくなる。
大和さんに伝えるべき言葉が見つからなかった。
・・・・
「どうした?なんか用か?」
アカリからの電話に答えながら帰路に向かう。
『用がなきゃ連絡しちゃいけない?』
「別にそういうわけじゃねぇけど。お前は昔から用が無けりゃ連絡しねーだろ。」
『フフ。当たり。』
こんなに普通~になるなんてな…。
アカリからの電話に慌てることなく応答出来ている自分が可笑しく思えた。
昨日まで…アカリと会うことにどこか緊張していた。躊躇していた。それは随分とコイツに入れ込んでいたっていう自覚がそうさせたんだと思う。
けれど再会を果たせば『会って良かった』そう思った。
それもこれも全部***が…。
「で?なんだ?」
『彼女が家出したんだって?』
「…は?」
思わずその場に立ち止まる。なんでコイツが知ってんだ…あ、
「…お前久仁さんに会ったのか。」
『待ってる相手がいるから切るぞ。』…昼の電話で一方的に切られた。相手ってアカリだったのか?
アカリは「そうよ。」とすんなり認める。
マジか…。
***と連絡が取れない 久仁さんも素っ気ない。そうなると、
直接会ってぶつかるしかねーと思っていた。明日久仁庵に行けば少なからず久仁さんには会える。訳のわからねー納得出来ない現状を打破することは出来るって。
「久仁さんはなんて言ってんだ。」
飲み過ぎて寝た?風邪を引いた?それがウソだと分かれば
「家出の原因はなんだよ。」
理由が分からないから。***がオレを避ける理由が…。
オレはいつまでも歩道の真ん中から動けなかった。電話だけに集中しオレの頭上で街灯がパッと灯ったとしても目を向ける気にもなれねー。
『私みたいだけど?それなら謝っておこうと思って電話したの。』
「は?…待てよ、なんでお前が原因なんだよ?」
『なんでだろうね。久仁庵に行って本人に聞いてみてよ。』
「え…久仁庵?マンションじゃなくて?アイツ久仁庵にいんのか?!」
マンションに居るっていうのも口から出まかせ
勝手に足が動き出す。うちにではなく久仁庵にだ。
『久仁庵のニ階で寝泊まりしてるって言ってたけど。』
明日まで待たなくていい
「アカリ、サンキュ!」
…待たせなくて良い。
・・・・
***を遠い存在に感じていた。ついこの前まで笑顔を手のひらに感じるほど傍にいたのに。
オレのなにがいけなかった?どこで間違った…
切なさに胸が突き上げられ それは次第に焦りとなってオレを走らせた。
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