Remember:42 (吉祥寺デイズ:Long:種村春樹) | ANOTHER DAYS

ANOTHER DAYS

「orangeeeendays/みかんの日々」復刻版

ボルテージ乙ゲーキャラの二次妄想小説中心です
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日々の出来事など。

before

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「う…っ」


ハルさんがいくら顔を伏せようと


全身に入れた力の強さ そして小刻みに震える息に この消毒にどれ程の痛みを感じているか分かった。


「もう少し…ごめんなさい…」


上半身裸の彼にドキドキする余裕もない。


肩先からそれこそ指先まで全面擦り傷 場所によっては抉られていた


アスファルトに打ち付けた肌は見ているこっちさえ顔を歪ませる程


「終わりました…」


「あぁ~痛かったぁ…ありがとう。」


ゆっくりとシャツに腕を通すその様子に身体中痛くて堪らないんだって分かる。


腕の中でさえも感じたあの衝撃 随分な目に合わせてしまったと


「…あ、お茶、淹れますね。」


「うん。」


合わせる顔がない…


・・・・


私のせいで彼をこんな目に合わせた


『ごめんなさい…。』


ハルさんの腕の中で震えるだけの私は最低最悪な女


「ハァ…」


ガーゼで覆い終えた時 改めて自分を責める。


「イテテ…。」


麦茶を入れながらも背後に感じる痛々しいほどの彼の全てに 私はまた涙が出そうになるのを堪えたけれど


「…どうして…追いかけて来たんですか」


そう聞いてしまったのは私なんて放っておいてくれれば良かったのにと思ったから。


だけど私の声が小さすぎて聞こえなかったか ハルさんは返事をしなかった。だから


「どうぞ…。」


「ありがと。」


部屋の中央に置いているテーブルの上に麦茶を置いた。


「よっと…」


ハルさんは身を起こし足を延ばす。


小さなテーブルだから ハルさんの足がテーブルの先から出てしまって 向かい合せに座るわけにはいかなかった。


「…。」


だから私は隣に腰を降ろす。二人のあいだにもう一人入れるくらいの距離を開けて。


・・・・


もうすぐ日が暮れる。


背後から強い西日がこの部屋目指して差し込むから


白いソファもオレンジに染まって 窓から入ってくる風に冷たさを感じた。


「ごめんなさい…。」


変な沈黙を破ったことになるかどうか分からないけれど ハルさんに告げる言葉はこれ以外他にない


俯く私にハルさんは


「許さない。」


そう言ってクスッと笑った。


「ウソ。でも…お返しにとは言わないけれどクロフネを辞めるなんて言わないでね。」


すごく優しい笑顔で微笑んで。


・・・・


窓を閉めると外の日常が遮断される。そうしたら二人きりのこの密室感に息が詰まりそうになった。


それは決して苦しみではなくて 今更のように胸が大きく音を立て始めたからで。


「…。」


チラッと視線を向けるとハルさんは手に持ったグラスのなかの氷を見ていた。


カラカラと揺らし ただ氷が音を鳴らす様子に目を落とす彼は何を思っているんだろうと


「…あのさ。」


そう 思った時だった。


ハルさんは麦茶を一口飲んで私にも分かるくらいの強さで息を吐く。そして


「みっちゃんはどうして追い駆けたのかと聞いたけれど」


「え…」


実は聞こえていたのかとドキッとする。ゴクリと息を飲んだら


「みっちゃんこそ どうして逃げたの?」


問い詰められるわけではないけれど 合わせた瞳はまっすぐなもの


「…。」


答えられない私はまた俯くだけ。


・・・・


「…。」


彼はじっと私を見つめているようだった。


顔を上げられないから表情は分からないけれど 手に持ったグラスを傾けられたら


「…。」


夕陽がグラスに反射して私の頬を照らす それがまるで首を傾げるような動作に思えて


私はハルさんを見つめ返した。


「…あの…」


言葉になんてならないのに。


彼は返事を待っていたけれど いつまでも言葉を発しない私に待ちくたびれたか


「オレにはちゃんと追い駆けた理由があるよ。」


そう言ってグラスをテーブルに置いた。


「でもその前に…ねぇ、みっちゃん、忘れたいのに忘れられない思い出があると言ってたよね。失恋って辛いって。」


「え…」


ハルさんはぎこちないながらも姿勢を正し 私を真正面に見つめる為座り直した。


そしてまるで言い聞かせるようにまっすぐに私を見つめて言った。


「逃げてばかりじゃ前に進めないよ?」


悲しいくらい まっすぐな瞳と声で 言った。


「辛い思い出の先に何があるかそりゃ分からないけれど 引きずってばかりじゃ重くて進めもしない。」


「…。」


昨夜からもうずっと泣いているから 涙腺が弱いったらない


目頭が熱くなるのをハルさんさえも分かる程 涙が溢れたら


「大丈夫だから。怖がることなんて何もないよ。みっちゃん頑張れ。」


いつか夏樹さんが送ってくれたメール…そのままの言葉で私の背を押して。


「…はい。」


「よし。」


ニコッと微笑むハルさんの笑顔に やっぱり励まされて。


・・・・


テーブルの上のティッシュを取ってくれたから 私は軽く頭を下げ受け取る。


頬に流れた涙を笑って誤魔化しながら


「あ、そういえば」


話を変えるつもりで聞いた。


「ハルさんはどうなったんですか?」


「え?」


…うっかりしていた。


「ほら、言ってたじゃないですか。自分は思い出したいのに思い出せないことがあるって。」


本当にうっかりしていた…


「思い出しました?」


ティッシュを丸め 返事をしない彼に首を傾げた時に…


「あ…。」


気付いてしまったんだ。


・・・・


「…。」


ハルさんの顔から笑顔が消える。そして怖いとまでは言わないけれど神妙な眼つきで私を見つめた。


その眼差しから逸らす事も出来なくなった私は…彼が何を言おうとしているか もう分かっていた。


「…そんなこと、みっちゃんに話してないよね?」


・・・・


そう ハルさんの言うとおり 彼はそんな事私に言っていない。言ったのは


『オレは思い出したいのに思い出せない。こういう時どうしたら良い?』


「…っ…」


…そう言ったのは…夏樹さんだ。


・・・・


胸がドキドキと音を立ててハルさんから目を逸らすことができなくなる。


どうしようって やだウソどうしようって…そればっかりが頭を駆け巡って声を出す事さえもできなくて…。


夏樹さんがミカに聞いたこと ミカと夏樹さんしか知らない事


「みっちゃん。」


固まってしまった私にハルさんは聞いた。


「みっちゃんは…ミカなの?」


・・・・


太陽は雲に隠れたのか。


オレンジに染まった部屋も彼の横顔も一瞬暗くなった気がした。



next

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