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「***!」
階段を駆け上がる***を追った。
「…なぁ、***…」
最悪な形で知られてしまった俺の心の中
「…***…っ」
別れへのカウントダウンが始まった…こいつの中。
・・・・
ガチャッ!!
***は部屋に入るなり 隅に置いていたスーツケースを乱暴に開けた。
そしてクローゼットからブラウスを投げ入れ タンスからもTシャツを投げ入れ
ガタッガチャン!!
おとといの夜に棚の上に綺麗に並べられた化粧道具やアクセサリーや
「…っ」
持ってきたもの全てスーツケースに投げ入れ…
入り口で突っ立ったままの俺なんてきっと目にも入っていない。
俺にかまわず着ていた服を脱いで畳むこともせずにそれも投げ入れ
下着姿のままクローゼットに向かい一着だけ残したワンピースを着て
バタン!!
…スーツケースを乱暴に閉めて。
・・・・
…どっちにしろ昼過ぎには荷物をまとめてここを出発するつもりだった。
何時間後に予定していたことが少しだけ早くなっているだけ?
だけど…こんなに寒々と荒々しく帰る準備をする予定じゃなかった。
俺を置いて一人で出て行かせるそんな予定じゃなかった。
「…***聞いて…」
いくら俺が声を掛けようとも振り向きもしない。
ベットを整理して 窓を閉めて カーテンを閉めて そしてバックから時刻表をだして…
時刻表と時計を交互に見つめ始める***に何度
「…***…」
何度名を呼んだって…声は届かなくて。
・・・・
こいつに別れの理由を話すつもりはなかった。…話せなかった。
ただの遊びだとしてもその女にガキができたなんてそんな事 言えるわけがない。
「なぁ***…」
もし 返事をしてくれたとしても続く言葉が見つからない。
「***…!」
…俺は何をどう言ったらいいんだろう。
外は朝の光で眩しい程なのに 閉められた窓とカーテンのせいでこの部屋は一気に暗くなる。
その薄暗闇の中 スーツケースをグッと持ち ドアの前に突っ立っている俺の横を通り過ぎる瞬間でも
「…***ッ。」
まるでただの柱
***は俺に目もくれなかった。それでも通り過ぎ際に腕を掴む。
バッ!!
「離して!」
…すぐに振り払われることは分かっていたのに。
・・・・
「…聞いて?」
唇が震える。全身が震えている。
怖かった。…こいつに嫌われるのがただ怖かった。
「…いつから?」
やっと俺を見てくれた瞳は涙で溢れている。
「…あの…」
あまりにも悲しみと絶望に濡れている瞳 胸がギュッと苦しくなって
こんな想いをさせてしまった自分を俺は心の中で責めた。
「お正月に会った子だよね?」
…どうして俺は沙希を抱いたのか。
「そういう関係だったの?」
どうして一度でも俺を好きになったあいつを…抱いたのか。
「夏に海に行ったって…その頃からずっと…?」
「違う、違うよ そんなんじゃ…」
「クリスマスも一緒に居たよね?」
「…え…」
どうして知っているのか聞いたとしても
「一緒に居たでしょ。」
もう…どうしようもない。
「神社で会った時、あの子いっちゃんの事じっと見てた 私の事 睨むみたいに見てた!」
一気にまた涙が落ち始める。俺は拭ってやる事も出来ず ただ首を横に振り続けるしか出来なかった。
「あの時もそういう関係だったんでしょ?ずっとそうだったんでしょ?」
「違う そんなんじゃない。久しぶりに…ホントに偶然会って…」
遊びで抱いただけ…
「…違うよ、ずっとなんかじゃない…」
「嘘だよ、いっちゃんウソばっかり…」
「ウソじゃない、ずっとなわけないだろ?そんなわけないだろ?」
「嘘だよ!」
「***信じて?ねぇごめん、ごめん…」
手で顔を覆い 声を出して泣き始めたこいつを 震える身体でゆっくりと力弱く包んで
「本当にずっとなんかじゃない。ごめん、ごめんな***、ねぇ…」
同じ言葉をただ…何度も何度も繰り返すだけ。
・・・・
昨日の夜 俺の腕の中で眠る***の寝顔を見ながら 込み上げる何かを感じて一睡も出来なかった。
『…***。』
小さな寝息をたてる***の髪を撫でながら ただ愛おしさに胸が締め付けられる。
俺 明日言えるかな なぁ俺 お前と別れなきゃいけない…
覚悟を決めたはずなのに こいつを抱きしめたら
本当に別れなきゃいけないのか どうして別れなきゃいけないのか…だってこんなに
『…好きだよ、***。』
こんなに…。
朝が来なければ良いといくら願っただろう。
そんな願い届くわけない 当然のように真新しい光がこの部屋を照らし始める。
それならってただ一つ願った事は
『***…』
どうか俺を嫌いにならないでって…。
・・・・
「…信じてたのに…」
泣きながら俺の胸を力弱い拳で叩いた。
「***…っ」
「…いっちゃん待っていてくれるって信じてたのに!」
どうか俺を…。
・・・・
力弱く伝える俺の声は届かないと思う。もう抱きしめる事さえも出来なくなった。
「…好きだよ。」
別れるつもりだった。
「ずっと好きだ、ずっとずっと好きだよ、ねぇ***」
悪あがきも大概にしろって心では分かっているのに
「嫌だ…別れたくない…ねぇ***、嫌だ、嫌だよ…」
…口から出るのは往生際の悪い言葉ばかり…
「別れたくな…ッ」
グッと胸に手をあて身体を離される。
「***…」
涙を落とし過ぎた瞳はもううつろにも見える。
こんな時でもそのキラキラとした瞳に見惚れるなんてどうかしてるな?
「…***、好きだ…。」
まるで呪文のようにそればかりを言う俺は どうかしてるな…
「…好きだよ。」
涙を落としきった瞳が俺をじっと見つめる。
そしてゆっくりと動く唇から零れた言葉は
「嘘つき。」
…俺の目からも 涙を落とさせた。
・・・・
呆然と立ち尽くした俺の横を颯爽と横切った。
「…。」
階段を下りていく その遠ざかる音に一気に頭を駆け巡ったあいつとの日々
「…イヤだ…」
俺があいつを好きだったことも あいつが俺を好きだったことも
二人で過ごした日々も10年後を誓いあったあの流星群の夜も
全部全部、全部…あいつの中でウソになったんだと思う。
「嫌だ…。」
…気づいたら階段を駆け下りていた。
「嫌だよ!!」
いつから俺はこんなに泣いていたんだろう
「***!嫌だ!」
・・・・
…引き留めたってどうしようもできないのに。
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