つづき

 

それで、どうやったらそのような「苦(労)」から解放されるか考えてみることにした。

 

そのヒントが、先だって述べた、タイ製ビーチサンダルのあの体験にありそうだ。

 

 

インド製のビーチサンダル。履きはじめは硬めだが、そうこうするうちに履き慣れると10キロほどはそれを履いて歩けるようになる。良いできのサンダルだ。

 

ところがタイ製の同型同色のビーチサンダルは粗悪品でいつまでたっても履きづらい。数百メートル歩くと足がおかしくなってくる。それでそのサンダルを履くのを避けるようになる。

 

まさに今回のアパート探しに現れてくるような煮ても焼いても食えないアパート経営者・管理人にそっくりだ。

 

さて、

 

そのタイ製のビーチサンダルだが。何回も砂浜を素足で歩くうちに足首がマッサージされて柔軟になり、何と1キロぐらいの距離なら問題なく履いて歩けるようになった。

 

つまり煮ても焼いても食えないビーチサンダルがちょっとまともになるのである。サンダルの方が悔い改めて更生した訳でもないのに。笑

 

こちら(足首)の柔軟さが増したのだ。

 

「柔よく剛を制す」という言葉を思い出した。

 

この話はとりまカラダだけのケースである。

 

砂浜散歩→足首の柔軟性→粗悪なビーチサンダルにも柔軟に適応

 

しかし、この応用、発展形として、

 

〇〇〇〇→ココロの柔軟性→粗悪な人々(タイ人)にも柔軟に対応

 

ということが可能なのではないだろうか?

 

こんなことを考えた。

 

では〇〇〇〇に当たるものは何なのだろうか?

 

思いつきなので答えはありません。爆笑

 

これからじっくり考えたい。

 

タイトルは「タイで柔よく剛を制す」とでもしようかな。笑