すべてのホールが響いている
──魂が聴いて)いる音の正体
ある女性クライアントが、セッションの中でぽつりと言った。
「最近、自分の居場所がない気がするんです。
まわりに合わせているつもりなのに、
なんだか違和感があって、すっきりしないんです。」
その違和感は、魂意識からのサイン。
「もう本当の音を奏でてもいいよ」という呼びかけだ。
けれど多くの人は、その声を聞き逃してしまう。
我慢したり、周りを優先したり、
“こうあるべき”という楽譜の上で生きてきたから。
彼女は続けた。
「職場の上司が苦手で……でも、我慢してきました。
最近、その上司が転勤になって、
気の合う人が新しく入ってきたんです。
何もしていないのに、まわりが変わったみたいで。」
それは外の世界が変わったのではない。
彼女の“響き方”が変わったのだ。
防御の音を奏でることをやめ、
素直な音で人と向き合いはじめた瞬間、
世界はその音に合わせて共鳴しはじめる。
「面倒くさい人がいなくなって、
今は気持ちのいい人ばかりなんです。
きっと私がもう戦ってないからですね。」
その笑顔には、もう「頑張る音」も「恐れの音」もなかった。
人生とは、宇宙という大交響曲の中の
ひとつの地球交響曲。
地球というホールの中には、
いくつもの**楽章(意識の層)**が同時に流れている。
🎵 第1楽章:分離と競争
🎵 第2楽章:癒しと赦し
🎵 第3楽章:目覚めと内観
🎵 第4楽章:調和と自然体
魂意識はそのどこかにフォーカスしながら、
今という旋律を奏でている。
肉体を脱ぐというのは、
ひとつの楽章の演奏を終えること。
けれど、交響曲そのものは終わらない。
ある魂は第3楽章で演奏を終え、
別のホール──たとえばアンドロメダ交響曲(第7番)へと移る。
一方で、「まだ地球で奏でたい音がある」と感じる魂は、
再びこの地球ホールに戻り、
今度は第4楽章という、より穏やかで透明な旋律を奏ではじめるのだ。
「では、他のホールや楽章も、
同時に鳴っているんですか?」
彼女がそう尋ねたとき、私は微笑んで答えた。
「ええ、すべてのホール、すべての楽章は──
すでに同時に鳴っているんですよ。」
宇宙は、無数のホールが同時に響く大交響曲。
魂意識はその中のひとつにフォーカスして、
「これが私の人生だ」と感じている。
でも実際には、他のホールでも別の旋律が鳴り続けていて、
聴こえていないだけで、止まってはいない。
🎵 パラレルシフトとは、
別の現実に“移動”することではなく、
自分という多弦の楽器の中で、
どの共鳴音に耳を傾けるかを変えること。
すべての弦(多次元)は同時に鳴っており、
魂意識がどの音にフォーカスするかだけが、
「今の体験」として現れる。
そして、そのすべてを静かに聴いている存在がいる。
それが──純粋な気づいている意識。
魂意識がどのホールで演奏していようと、
どんな楽章を奏でていようと、
この“聴き手”は変わらない。
すべてを同時に聴き、
ただやさしく微笑んでいる。
その意識の静けさを感じたとき、
ふと浮かんだ言葉がある。
──「I am OK」。
それは、努力の結果でも、自己暗示でもない。
「私がOK」ではなく、
“すべてがOKであることを見ている意識”から生まれる響き。
非二元で言う「Iがいない」というのは、
この静かな意識までもが消えるという意味ではない。
消えるのは、
「私がなんとかしなければ」と思い込む小さな“I”。
残るのは、海のようにすべてを包み込む“気づき”だけ。
だから、“I”は消さなくていい。
むしろ、その“I”を透明にしていく。
「それでいいよ」と抱きしめたとき、
“I”はただ光になる。
それが本当の── “I am OK”。
「ああ、そうか。
私たちは、“すがすがしい人を味わいに”
この地球というホールに来たんですね。」
彼女の目から涙がこぼれた。
それは悟りではなく、思い出した人の涙だった。
自分の居場所がない、
なんとなく我慢している、
違和感がある──。
それは魂意識が“次の音”に移ろうとしている合図。
教えやワークではなく、
内側でみずから気づくことこそが、
カウンセリングの本質。
少し背中を押すだけで、
その人の音は自然に流れ出す。
そしてその瞬間、
どんな状況でも、どんな場所にいても、
どんな人といても、一人でいても、
余裕で、気楽に、ご機嫌でいられるようになる。
なぜなら、
自分がすでにその音そのものだと知っているから。
何があってもなくても、
もう取り繕う必要も、気を使う必要もない。
そこには不安も恐れもなく、
ただ自由で、ご機嫌な存在として在るだけ。
それが──
この地球交響曲の本当のハーモニーなのです。
🌿
あなたが今、奏でている音も、
この広い宇宙のどこかで誰かの心をやさしく震わせている。
すべてのホールが同時に響きあう中で、
その音が宇宙の愛の旋律として広がっていることを、
どうか忘れないでください。