あなたが見ている現実、
👉ほとんど“解釈”です。
そしてもう一つ。
👉「自分で決めてる」と思っていることも、
実はかなり違っています。
なんか違う。
ちゃんとやってるのに、
ちゃんと考えてるのに、
どこかズレてる感じ。
👉「これじゃない感」
特別な問題があるわけじゃない。
生活も普通にあるし、
人間関係もそれなりにある。
でも、
なぜかしっくりこない。
あるとき、
こんなやり取りがありました。
「今、体どんな感じですか?」
「…重いです」
「どこが?」
「胸のあたりが」
そのまま、
ただ感じてもらう。
何も変えようとしないで。
すると、
「…あれ?」
「ちょっと軽くなりました」
何かをしたわけじゃない。
👉ただ、気づいただけ
ここで少し見えてくることがあります。
体は確かにある。
触れられるし、感じられるし、
ちゃんとここにある。
でも、
同じ体なのに、
重く感じるときと、軽く感じるときがある。
つまり、
👉体そのものと
👉体験している体は同じではない
外からの刺激があって、
それを感覚として受け取り、
脳が電気信号として処理して、
👉「これが体だ」と感じている
だから、
👉体も“そのまま”感じているわけではない
この構造、
実は体だけじゃなくて、
現実そのものにも当てはまります。
ここでシンプルに整理すると、
👉 現実はある
👉 体験は個別
👉 解釈は自由
現実はちゃんとある。
でも、
それをどう体験するかは人それぞれ違う。
そして、
その意味づけは固定されていない。
何かが起きると、
① 出来事
② 感覚
③ 認識
④ 解釈
⑤ 感情
この流れが自然に起きています。
そしてここに、
思考、自我、エゴが関わってきます。
思考が意味をつける。
自我が「自分のこと」にする。
エゴがそれを守ろうとする。
その結果、
感情が動く。
ここでひとつ、
とてもシンプルな見方があります。
👉思考は大きく分けると2種類
👉愛からくる思考
👉不安からくる思考
このどちらかです。
例えば、
「大丈夫だよ」という思考は、
👉安心や余白、つながりから出てくる
逆に、
「ダメかもしれない」
「嫌われるかもしれない」
こういった思考は、
👉不安や恐れ、足りなさの感覚から出てくる
そして、
👉恐れも、不足感も、
すべてこの「不安側の思考」から広がっている
ここが見えてくると、
少しだけシンプルになります。
「今、どっちの思考だろう」
それだけでも、
巻き込まれ方が変わる。
そしてもう一つ大事なのは、
👉どちらも“自分が作っている”というより
👉自然に浮かんでいる
ここです。
ここまで来ると、
さらに見えてくることがあります。
脳の研究では、
👉「動こう」と思う前に脳が動いている
という結果も出ています。
つまり、
👉自分で決めていると思っていることも
👉あとからそう感じているだけかもしれない
ここまで来ると、
見え方が少し変わります。
思考も、
感情も、
体の感覚も、
👉全部「起きている」
そして、
👉それに気づいている
でも、
それをコントロールしている
👉はっきりした主体は見つからない
ここで見えてくるのが、
👉主体はいない
という見え方です。
そしてさらに、
👉すべてはただ起きているだけ
今まで
「自分が悩んでいる」と思っていたものが、
👉悩みが起きている
に変わる。
「自分が苦しい」が
👉苦しさが起きている
に変わる。
この視点から見ると、
👉「何も起きていない」
という言葉の意味も、
少し見えてきます。
出来事はある。
体験もある。
でも、
👉それを問題として固定しているものがない
という意味で、
👉何も起きていない
という見え方になる。
ここまで来ると、
少し力が抜けます。
何かを変えなくてもいい。
コントロールしなくてもいい。
ただ、
👉起きていることに気づいている
それだけで、
すでに成立している。
たぶん、
「なんか違う」と感じていたものは、
👉解釈・自我・エゴ、そして不安側の思考に巻き込まれていただけ
その力が少し抜けたとき、
ふと気づきます。
「ああ、こんなに考えなくてよかったのか」
って。
■最後に
もし今、
同じように「なんか違う」と感じているなら、
その感覚はとても大事な入口かもしれません。
無理に変えようとしなくてもいい。
👉「今どうなっているか」に気づくだけ
それだけで、
見え方が少し変わることがあります。
必要であれば、
こういった視点を一緒に見ていくこともできます。
セッションやワークについては、
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