「鏡に映った顔が、知らない自分だった」
“ちゃんとしなきゃ”を手放したときに起きたこと
朝、鏡を見て
「これ、誰…?」と思ったことはありますか。
その顔は、あなたがずっと“作ってきた顔”かもしれません。
最初に会ったとき、
彼女は少し力が入っていました。
「ちゃんとしなきゃって思うんです」
「普通なら、こう感じるべきだと思って…」
話し方も、反応も、きちんとしている。
でもどこか、
👉 考えて作られている感じ
がありました。
「本当は、何が好きか分からないんです」
その言葉が出たとき、
ほんの少しだけ力が抜けた気がしました。
最初のセッションでは、
何かを変えようとはしませんでした。
👉 今ここで起きていることを、そのまま見ていく
「今、何かありますか?」
「……ちょっと疲れてます」
「いいですね」
そのやり取りだけで、
👉 空気が少し緩む
2回目のセッションでは、
こんな言葉が出てきました。
「感じてないことも、ダメだと思ってました」
👉 感じていないことすら否定していた
そこに気づいたとき、
彼女の中で何かがほどけ始めました。
3回目のセッションでは、
もう少し深いところに触れていました。
「ずっと、心ここにあらずだった気がします」
「フィルター越しに生きてた感じです」
でも、
無理に外そうとはしませんでした。
👉 外そうとしなくても、見えてくる
僕がやっていたことは、
何かを教えることでも、
導くことでもなくて、
👉 否定しないこと
👉 修正しないこと
👉 そのままを見る場でいること
すると、
ある時から変化が自然に現れ始めました。
「なんか…普通でいい気がしてきました」
「このままで大丈夫って思える瞬間が増えてきて」
それは、
何か特別な状態ではなくて、
👉 “普通に戻ってきた”感じ
でもその普通は、
以前とはまったく違っていました。
👉 安心感があって
👉 やわらかくて
👉 無理がない
そしてある日、
彼女からこんな話を聞きました。
「朝、鏡を見たんです」
「そしたら…」
少し間があって、
静かにこう言いました。
👉 「別人みたいな顔だったんです」
「すごく穏やかで…」
「なんか、見たことある気がして」
そして、
少し驚いたように、
でもどこか安心したように、
こう続けました。
👉 「あ、これが私の顔だったんだって思いました」
その瞬間、
すべてがつながった気がしました。
何かを手に入れたわけでも、
変わったわけでもない。
👉 ただ、戻ってきただけ
子どものころのような、
👉 無理のない顔
👉 作っていない表情
👉 そのままの在り方
それはずっとあったのに、
👉 見えなくなっていただけ
ラマナ・マハルシは、
「私は誰か?」と問い続ける中で、
👉 探している“私”が見つからないこと
を示しました。
非二元でも言われるように、
👉 主体はいない
👉 ただ起きているだけ
でも、
それに触れたとき、
👉 人は冷たくなるのではなく、やわらかくなる
彼女の変化もまさにそうでした。
👉 自分を責めなくなり
👉 他人も自然と赦せるようになり
👉 感謝がにじんでくる
何かを頑張った結果ではなく、
👉 ただ、ほどけた結果
彼女は最後に、
こんなふうに言っていました。
「これから、ちゃんと“実感”で生きられそうです」
探さなくてもよくなったとき、
👉 人生は“変わる”というより、ほどけていく
そして今も、
👉 “私”がいなくても、この一瞬は起きている
何かがやっているわけでもないのに、
👉 ちゃんと、今ここにある
…もしかしたら、
👉 探していたものは、最初からここにあったのかもしれません
✨
セッションやワークについては
気軽にお問い合わせください。
追伸
多くのセッションの中で、
人が「変わる」というよりも、
👉 “ほどけて、本来に戻っていく瞬間”
を見てきました。
何かを教えたり、変えたりするのではなく、
👉 無理に良くならなくてもいい
👉 そのまま見ていく
その中で自然に起きる変化を大切にしています。
「頑張っているのに軽くならない」
「自分が分からない」
「何かがズレている感じがする」
そんな方が多く来られますが、
👉 何も解決していないのに軽くなる
👉 自分を責めなくなる
👉 自然にやさしさが戻る
そんな変化が起きていきます。
特別なことは何もしません。
👉 ただ、一緒に“今ここ”を見ていくだけです。
もし気になる方は、
気軽にメッセージください。
