書いた記事の内容に誤りがあり、該当の会社からクレームが入った。痛恨の極みだ。

とにかく読まれる記事を書こうと思い、事実の確認を怠った。ファクトを正確に捉えることはロジカルシンキングの基本中の基本だ。仕事はもっと丁寧にやらないといけないと反省するばかりだ。

自分の仕事は若干雑なきらいがある。ざっくりした仕事ならいいが、緻密さが求められる場面では丁寧さを心がけないといけない。抜け・漏れ・誤りがあると信用も失ってしまう。

「もっと丁寧に、そして迅速に」と心がけたい。
独立を目指すタイミングをこれまでより延長し、2016年末とする。理由は3つある。

①お金の問題

2015年末まで働けば、独立のための資金にはギリギリ足りるかもしれない。しかし、それはあくまで「ギリギリ」だ。余裕は全くない。子どもが生まれようと言うときに、ケチケチしないといけないようだと生活が息苦しくなってしまう。だからと言っていくらあれば大丈夫ということはないが、あと1年頑張れば少しは余裕ができる計算だ。

②潜在顧客集めと起業準備

独立してすぐに収益化しようと思ったら、潜在顧客を見つけていないといけない。ブログの運営やメールマガジンでそこそこ露出は増えてきたが、まだ直接の問い合わせはほとんどないのが現状だ。無料相談を受け付けているのだから、それなりに相談が来るようでないといけない。それに、相談に応じられるだけの実力もつけないといけない。やるべきことはまだまだたくさんある。

③決めないと始まらない

案件が取れるかどうかで今の仕事の様子が変わってしまうのだが、結果を待っていたらいつまで経っても決まらない。そしたらいっそ来年までと決めてしまったほうがいい。案件が取れたらそこまで頑張らないといけないし、ダメだったらそのときの風が吹くだろう。何もないということはないはずだ。


2016年いっぱいと決めたからには、今やるべきことは沢山ある。しっかりと働いてお金を貯め、潜在顧客を集めると同時に実力を付け、起業への機運を高めることである。起業するときにはそうするのが当たり前という状態になるようにしておくこと。これが何より重要だ。
なぜ、人は動かされるのか。セールストークや宗教における人の行動における心理学的な観点での研究をまとめた本。

それぞれそういう傾向があるということは知ってたが、研究結果を見ると明らかに違いが出るほどで、人がいかに単純なのかを認識させられた。

人は物事を瞬時に判断するために、ある刺激に対してテープレコーダーが再生されるような「カチ・サー」反応を見せる。

1. 返報性

何かをもらったら、返さずにはいられない。これは相手に好意を持っているかどうかは全く関係がない。そう言えば、最近自分もなかなか会ってくれない顧客に資料を送ったら、それが理由で会ってくれた。何かを得たければ、まず与えよということか。

返報性は必ずしも物を与えた時だけ有効なのではない。最初に高い要求を出して、それがダメな時に譲歩すれば、それも「与えた」ことになる。交渉術の基本だが、ここにも心理が働いている。

2. コミットメントと一貫性

人はなぜか、自分が言い出したことは一貫性を持ってやり遂げようとするらしい。例え最初に言い出したことが間違いだったとしても、一貫性を保つためにやり遂げようとする。会社の役員会がおかしな方向に進んでしまう原因にもなっていそうだ。

人に何かをやらせようと思ったら、最初に質問をしてしゃべらせることだ。健康食品を売りたい場合に「健康に興味はありますか」と質問して「はい」と言わせればその時点でこっちのものだ。

3. 社会的証明

みんながやっていることは正しいと思い込む。特に日本人に強く見られる傾向だ。お笑い番組の笑い声や、「お客様の声」なんかはこれをうまく利用している。

4. 好意

外見は大事。人は好意を感じている相手には「イエス」と言いがち。「類似性」も好意を感じさせる理由の一つだ。「馴染みがあるものかどうか」も判断基準らしい。そう考えると、テレビで繰り返しCMを流すのも無駄ではないということか。

5. 権威

制服と肩書にはとことん弱い。

6. 希少性

少ないことはいいことだ。少なければ少ないほど、人はそれに対して価値を感じる。特に、既にあるものがだんだん少なくなっていくと、失うことに対する喪失感は強い。「限定●名」「残りわずか」というのも希少性を利用したマーケティング手法である。

ロミオとジュリエットも、禁止されていたからこそ強く惹かれ合ったのだろう。


これだけを見ても、人がいかに単純でロジカルじゃない部分が多いかが分かる。自分が影響力の武器に流されていないか点検しつつ、うまく利用して世の中を渡っていきたいものだ。
珍しくテレビで紹介されていた映画を衝動的に観に行った。タイトルは「しあわせはどこにある」。

ストーリーは、精神科医が幸せを調査しに中国やアフリカ、そして昔の恋人のもとへと旅をして、そこで様々な人や事件に遭い、気づいたことをメモしていくというものである。

お金や社会的地位が幸せでないことは既に研究により明らかになっている。しかし、何が幸せなのかは明らかになっていない。

「不幸を避ける事が幸せではない」「幸せは別の目的の副産物」という言葉には特に感銘を受けた。今の自分の状況と重なったからである。

今の自分は、幸せを追い続けるあまり、そうでない状態を決して受け入れまいとしていた。それが却ってストレスに繋がっていた部分がある。不幸を避ける事に必死だったのだ。

不幸な出来事やネガティブな感情もも受け入れて、それでも生きて何かを成し遂げ、愛する人に囲まれて過ごす副産物として生まれるものこそが、自然体の幸せではないだろうか。

思えば、MBAを勉強するほど、これは正しい、あれは正しくないと白黒つけようとしすぎていたきらいがある。自分はこうあるべきだという理想にも縛られていた。

世の中そんなにはっきりするものではない。混沌な状態や様々な感情を受け入れることこそが人生における幸せになる。そんな考え方もあると気がついた。


また、心理学についても学びたいという思いが日増しに強くなっている。経済を動かしているのも元を正すと人間の心理だし、幸せになれるかどうかも心理だ。自分のビジネスにおいて、顧客を獲得したり、相談相手になったりするのにも効果が期待できる。

何から始められるか本気で検討してみようと思う。
世の中には二つの異なる組織が存在する。戦略的組織と共同体だ。

戦略的組織は、ロジックに基づいて戦略的に何が正しいのかを追求する。組織は新しいことを学びながら発展を目指す。

共同体は、そこにいる人たちが快適に過ごすことを目指す。やっていることがロジック的に正しいかどうかは重要視されない。基本的な方針は現状維持である。

最近の自分の悩みは、この2つの板挟みになっているせいではないかと思う。つまり、自分は戦略的組織に属しているつもりでいたが、実態は周りとの同調を重視する共同体的な考え方の方が多いということだ。

特に、上司との軋轢はこれが原因であるように思う。上司の発想は特に共同体寄りで、周りとの協調を重視する。一方の自分は、これまでロジック、ロジックを勉強してきた。

この2つは宗教みたいなものだから、相手の思想を変えようと思っても、そうそうできる話ではない。そこで求められるのは、相手の根本思想を理解し、自分の考え方との共通点を探すことである。これをエンパシーと言うらしい。

根本思想が異なっているので、ガチでぶつかると解決策は見えない。まして自分が下の立場なので、対立すると精神的に本当に辛い。ではどうすればいいかというと、まず相手の主張を受け入れることである。間違っても拒絶反応を示してはいけない。

相手の言っていることが違うと思っても、真っ向から否定するようなことを言ってはいけない。会社は自己主張をする所ではなく、メンバーのの共通理解を進めるところだ。

コミュニケーションを円滑にするために、「うまくやる」必要はある。お世辞やおべっかなどの「配慮」も手段としては重要だ。ただし、それが目的になってはいけない。

表面上はうまくやりながらも、熱い気持ちは内に秘めるのが今自分がやるべきことではないかと思う。旧ソ連のゴルバチョフは、書記長になるまで決して共産主義をやめるなんてことは言わなかったという。共同体でうまくやるためには、そこの論理に配慮することが必要だ。