THOUSAND WINDS -84ページ目

何の関わりがありますか

ほんの十分ばかり出かけて行って、申し込んで来るだけ。
借金してでもバイク売りたかないってのは
ある種の勇気かも知れない。
何でも自分の事を言われてると思い込んで
これまで損をして来たのだから、
このままで行く事に決めた。
取り合えず復活記念に
油小路にでも行くか。
宗教以外の話が混じり、
二つのハンドル名の区別もあいまいになるなあ。

詩のぐるっぽももうだめだな

誰も更新しないし。

この静けさの中で

携帯電話を買い換えました。
あちらにはさんざんネタとして書いたのだが。
ここんとこハンドル名の使い分けもあいまい、
テゼ共同体の祈りの集いにしても、サーバーの話すらも、
あっちで平気で書いてて
ごっちゃになってる。
前の携帯電話はフラットタイプだったんだが、
今度のは典型的な貝殻スタイル、
やっぱこっちの方がオーソドックスやねえ。
宗教ネタを自粛させるためにあえてややこしいことをしてる。
でもたまにあちらにも宗教ネタ書き出して
果たして成功してるのかわからね、
まさに「せいこうかい?」って感じ。
こちとらは目立ちたくなかったのに、
知らぬ間に聖公会、日の目を見てて何だか不思議。
事の起こりなんかどうでもよくて
我々は一体何を
カトリックから離別したかによるわな
神学的にですよ、あくまでも。

知っている

バイオリンとかで数億円の楽器を持っているプロの話も聞く。
バイオリンに関しては私には分からない。
フルートに至っては一つ上のグレードのフルートだけでも確かに音色が違う。
たかが音の違いだけで果たしてそんな高価な楽器に買い換えられるものだろうか。
それは自分の自信につながってくる。
国産の一番安物でそれなりに吹けていても、それ止まりでしかない。
時おりさっぱり音が出ない日があるときれてしまったりする。
別にプロじゃないんだし、演奏が途切れたって構わないんだが。
音に魅せられる事はある。
その音にいつまでもつかっていたい気になる。
それで金を稼いだりするわけではなくても
音に対するお金を払いたくなる事はある。
ただ私の場合はいくら高価な楽器とて、
そんなにいい音か分からない事もある。
ハンミッヒよりは私の耳じゃ、
うちにある竹製のしの笛の方が、なんぼかいい音に聞こえる。
つまり結論として何が言いたいかと言うと、
私は楽器自体をやめるべきだと言うこと。
この先趣味みたいなのを持たずに
仕事だけして病で倒れて死ねと。

音3

サンキョーの総銀製ピッコロ。
最初現物を見た時我が目を疑った。
銀管フルートをそのまま小さくしたような、
あまりに美し過ぎるそのデザイン、
もはやちゃんと吹けなくたっていいから
欲しいと思った。
経済的都合から今は何も買えないのだが、
ただあこがれる事すら諦めていた。
今より楽に何でも吹けたら楽しかろうかと思ったが、
かえって苦しみを増すばかり。
一時はそんなはけ口にと、
フルートで吹いた曲をブログに公開する事で逃れようとした。
つまりあまりにうまく何でも吹けるようになっても
吹き続けられる動機が見つからない。
一時は主日ミサ以外の日に、教会でフルートを吹かせてくれると言ったから、
その気になって無理して買ったのに、
あれから沈黙を保ったまま、吹かせてもらえない状態に見えたから
フルート吹くのも諦めてしまった。
上手に吹ければ吹ける程、演奏する機会が欲しくなる。
まだ新しいケータイは私を拒む、
なかなか元のテンポでは書けない。