今、できること
大抵の、街頭で配られた、どこのものかも知れない、新興宗教のパンフレットは、
いつしかごみ箱に捨てる運命なのだが、
これは一応目を通したあと、手元においている。
あえて言うなら別にはまったわけでないし、
信じようというわけでもないし、
読み返そうというわけでもなくて、
たぶん通じるまいが
その小冊子そのものが
捨てがたくなった。
内容が最高であったわけでもないし、
逆に最低で見るに耐えないわけでもなく、
ただその小冊子自体の存在が
別においといていいんじゃないか
みたいな気にさせた。
宗教以前の状態
わたしは非常にそのへん意識する。
親の宗教そのまま引き継いだわけじゃないだけに
宗教そのものに対する
畏敬の念はやたら強い。
わたしが別に同じ宗教狂いとして、配したハンドルとの違い。
あちらはキリスト教の御教派であって、
あくまでキリスト教からしか
宗教が見えないらしい
いつしかごみ箱に捨てる運命なのだが、
これは一応目を通したあと、手元においている。
あえて言うなら別にはまったわけでないし、
信じようというわけでもないし、
読み返そうというわけでもなくて、
たぶん通じるまいが
その小冊子そのものが
捨てがたくなった。
内容が最高であったわけでもないし、
逆に最低で見るに耐えないわけでもなく、
ただその小冊子自体の存在が
別においといていいんじゃないか
みたいな気にさせた。
宗教以前の状態
わたしは非常にそのへん意識する。
親の宗教そのまま引き継いだわけじゃないだけに
宗教そのものに対する
畏敬の念はやたら強い。
わたしが別に同じ宗教狂いとして、配したハンドルとの違い。
あちらはキリスト教の御教派であって、
あくまでキリスト教からしか
宗教が見えないらしい
ヘッドホン考
バランスドアーマチュア型ヘッドホンの音。
どんなダイナミック型でもかなわない、あのつんざくようなガラスを引っ掻くみたいな
高音。
それだけのためにあんな大枚をつぎこむのは気が引ける。
永遠回帰。
忘れられずまたヨドバシに行く。
買ってしまえば、きっと音がくさってしまう。
フルートの試し吹きの時でも痛いほど味わった。
バランスドアーマチュアの音
決して最高とも言えない。
ただ他のものじゃ補えない貴重さゆえ
どんなダイナミック型でもかなわない、あのつんざくようなガラスを引っ掻くみたいな
高音。
それだけのためにあんな大枚をつぎこむのは気が引ける。
永遠回帰。
忘れられずまたヨドバシに行く。
買ってしまえば、きっと音がくさってしまう。
フルートの試し吹きの時でも痛いほど味わった。
バランスドアーマチュアの音
決して最高とも言えない。
ただ他のものじゃ補えない貴重さゆえ
世界というおりの中で
その蚊はその事務所の部屋の中が、世界の全てだと思い込み、やがて死を迎える。
人間とていくら百億光年もの先の光を捉えたようにうれしがってみても、
しょせんいまだ地球の外に定住することすらかなわず。
つまりそんなに変わらない。
わたしらよりはるかに進化した生物が、
恒星間航行を可能にして、はるか遠方の星から地球に到来していたとしても、
せいぜいご近所の星の間の話。
たとえ究極にまで進化した生物が、自力で宇宙のどこへでも瞬時に跳べる能力があった所で、
この狭い宇宙と言うおりの外へは出られない。
たとえ人間の数万倍の知能を持った、超人が登場したところで、
たとえこの宇宙内のあらゆる事柄、知識を身につけたとて、
それはこの世界がどう作られてるかを知るのみ。
なぜそうなってるのかは、内側からは分からない。
人とて制限の中で生きる生き物に過ぎない。
いくら世界の外の事を知りたくても
あの小さな蚊がビルの外の広大な世界を知らずに死ぬのと同じ、
我々にはこの狭い宇宙があてがわれただけ。
いくら知識を身につけた所で、必ず我々よりも
はるかに進化した、高度な生命体は存在する。
しょせんはこのさらに狭い地球の表面で、
のさばってるのが関の山。
だからこそ思う。
たとえ無理であろうと、
この下等生物であるわたしが、
世界の外について思いをはせてみようなどと。
人間とていくら百億光年もの先の光を捉えたようにうれしがってみても、
しょせんいまだ地球の外に定住することすらかなわず。
つまりそんなに変わらない。
わたしらよりはるかに進化した生物が、
恒星間航行を可能にして、はるか遠方の星から地球に到来していたとしても、
せいぜいご近所の星の間の話。
たとえ究極にまで進化した生物が、自力で宇宙のどこへでも瞬時に跳べる能力があった所で、
この狭い宇宙と言うおりの外へは出られない。
たとえ人間の数万倍の知能を持った、超人が登場したところで、
たとえこの宇宙内のあらゆる事柄、知識を身につけたとて、
それはこの世界がどう作られてるかを知るのみ。
なぜそうなってるのかは、内側からは分からない。
人とて制限の中で生きる生き物に過ぎない。
いくら世界の外の事を知りたくても
あの小さな蚊がビルの外の広大な世界を知らずに死ぬのと同じ、
我々にはこの狭い宇宙があてがわれただけ。
いくら知識を身につけた所で、必ず我々よりも
はるかに進化した、高度な生命体は存在する。
しょせんはこのさらに狭い地球の表面で、
のさばってるのが関の山。
だからこそ思う。
たとえ無理であろうと、
この下等生物であるわたしが、
世界の外について思いをはせてみようなどと。