THOUSAND WINDS -58ページ目

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小冊子

終わりの始まりの刻に-111119_2254~01.jpg

さっきの「今できること」
参考まで

バーTOWN

バガヴァッド・ギーター

結果にとらわれずに、今すべき事をなせ。
どんな事になろうと、このわたしクリシュナ神が責任を持つから。
わたしクリシュナ神は、様々な姿になり、
あらゆる宗教の神々を演じたりするが、
元はただ一人の神。
川の流れは様々な支流を派生させるが、
海に注がれる時には一本の本流にまとまるように、
神は複数の姿を取りながら、
実体は一人だけの神。
その他色々この本からは学んだが、
やはり宗教の頂点はこのあたりだろうと思う。
多神教を否定するのではなくて、
様々な宗教、様々な信仰を同じ価値で見て、
様々な様態をそのまま認め合うこと。
インドにはほぼ世界の全ての宗教のひながたが生まれ、継承されている。
恐らく人である限り、考え付く最高の宗教上の教えに近い、バガヴァッド・ギーター。

窓

前の司祭が残した言葉。
司祭など聖職者はみな、神と信者さんの出会う「窓」であるべきだと。
窓ガラスみたいに、透過であるべきだと。
余計な障害物になってはならないのだと。
たまに教会で侍者(サーバー)をやって、
聖職者のまねごとをしてるけれども、
わたしは少し目立ち過ぎるのか。
信徒の代表と言うより、
下級聖職位としての職務に
忠実であろうとし過ぎて
教会の人らにはどんな感想があるだろう。
時たまサーバーしたあと
おばあさんらとかから
ありがとうと声かけられたりするから、
わたしはこのままでいいと感じた。
明日は野外礼拝、
司祭が別教会へ行く日。
きっとこちらにも、当番でサーバーがいるだろうが
こないだ別の野外礼拝で
わたしサーバーと、信徒の代表の方とで
司祭抜きで礼拝したのはうれしかった。