いつまで続くサザエさん
これ終わる頃ってあたかもこの世の終わりみたいな気になる。
もういい加減ネタないやろ。
そんな作者の書いた何十年も前の話を今さら取り上げてるわけじゃなし、
既にオリジナルの現代のお話が大半なんだろう。
一体誰が続きをこしらえているんだろう。
テレビのあの放送枠仮に空いたとしても、ニュースとかドキュメンタリーくらいしか
埋めようがないのだろうか。
これだけ現代においてマンガがひしめいているのだから、
いくらでもお茶の間の時間に
家族みんなで見るアニメも
代わりにほりこめそうな気がするのだが。
私はサザエさんが嫌いでどこかマインドコントロールの
全体主義化のにおいがする。
第二ののらくろではないかと見ている。
そんな特別な意図があって、
あんなつまらないものが
惰性じゃなく続いているなら
それはそれで問題なのだが。
もういい加減ネタないやろ。
そんな作者の書いた何十年も前の話を今さら取り上げてるわけじゃなし、
既にオリジナルの現代のお話が大半なんだろう。
一体誰が続きをこしらえているんだろう。
テレビのあの放送枠仮に空いたとしても、ニュースとかドキュメンタリーくらいしか
埋めようがないのだろうか。
これだけ現代においてマンガがひしめいているのだから、
いくらでもお茶の間の時間に
家族みんなで見るアニメも
代わりにほりこめそうな気がするのだが。
私はサザエさんが嫌いでどこかマインドコントロールの
全体主義化のにおいがする。
第二ののらくろではないかと見ている。
そんな特別な意図があって、
あんなつまらないものが
惰性じゃなく続いているなら
それはそれで問題なのだが。
悪魔についての勝手な私論
仮にも悪魔払い系のぐるっぽに所属しているからには、
悪魔に関する見識もそれなりに持っておいた方がいいかもと思う。
時代によっては天使も悪魔と扱われる者もいるらしい。
元は同じ天使だったのだろうか。
あのミルトンの失楽園も1巻だけ買って読んだ。
あれなんかもどこか割りきれなくないか。
イエスキリストだと思うこの場合、神の御子が現れたからと、今日から彼を拝み崇めよなどと
天使らにつきつけられた命令、
それに従わなかった天使らが天国から堕ちて、悪魔となり果てて暗い地の果てにゆうへいされたなどと言うのは。
アダムとイブの罪よりもわりのあわなかったものに違いない。
結局は同じく神の命令にそむいた同士と言う事にならないか。
ただ悪魔とかは途中から生まれたりはしないのか。
人間はあれから何兆?となく子孫が生まれ、
それらことごとくが先祖のただ一度犯した罪の為に汚れているみたいに言うのもかなり偏屈な話だと思わないか。
どちらも結局人が作りし話、
だから屈折しているし偏っている。
結局何だ、悪魔とか悪霊と言うのは、
元人間の霊って事でまとめてしまって
いいのか。
よく分からないまま
尻切れトンボ
悪魔に関する見識もそれなりに持っておいた方がいいかもと思う。
時代によっては天使も悪魔と扱われる者もいるらしい。
元は同じ天使だったのだろうか。
あのミルトンの失楽園も1巻だけ買って読んだ。
あれなんかもどこか割りきれなくないか。
イエスキリストだと思うこの場合、神の御子が現れたからと、今日から彼を拝み崇めよなどと
天使らにつきつけられた命令、
それに従わなかった天使らが天国から堕ちて、悪魔となり果てて暗い地の果てにゆうへいされたなどと言うのは。
アダムとイブの罪よりもわりのあわなかったものに違いない。
結局は同じく神の命令にそむいた同士と言う事にならないか。
ただ悪魔とかは途中から生まれたりはしないのか。
人間はあれから何兆?となく子孫が生まれ、
それらことごとくが先祖のただ一度犯した罪の為に汚れているみたいに言うのもかなり偏屈な話だと思わないか。
どちらも結局人が作りし話、
だから屈折しているし偏っている。
結局何だ、悪魔とか悪霊と言うのは、
元人間の霊って事でまとめてしまって
いいのか。
よく分からないまま
尻切れトンボ
父がそれを望まれたから
聖おにいさんの1巻だけ持っている。
作者の父も何かの宗教関係者らしい。
ただのしょうもないギャグまんがだと思っていたが、
どことなく宗教的だった。
こんなギャグ漫画の中で一ヶ所でだけ
泣いた箇所がある。
父がそれを望まれたから。
イエスがサウナの中で見知らぬおっさんに語る場面。
自分が十字架につけられた経緯みたいなのを語る中で出てきた言葉。
よく分からない。泣いた理由が分からない。
ただそうじゃなかったのだろうかと信じこまされそうになる。
神の子かどうかは定かじゃなかったが、
本人マジでそう思いながら
ゴルゴタの丘に臨んだのかもと。
自分がなぜ?と思ったかも知れない。
順調に行きかかっていたメシア運動も、これで終わってしまう。
突然襲った思いがけない不幸、だったのかも知れない。
なぜ?と思った時にきっと
弟子たちよりもいち早くあの句に到達したのかも知れない。
かのイザヤ書の、ほふりの子羊の章。
それだけで納得はしなかったろうが、
自分に言い聞かせるように
この言葉をたむけたのだろう。
父がそれを望んだから。
幸も不幸もすべては神の計らい、
そう悟った人の子は実は
神以上の何かになった。
作者の父も何かの宗教関係者らしい。
ただのしょうもないギャグまんがだと思っていたが、
どことなく宗教的だった。
こんなギャグ漫画の中で一ヶ所でだけ
泣いた箇所がある。
父がそれを望まれたから。
イエスがサウナの中で見知らぬおっさんに語る場面。
自分が十字架につけられた経緯みたいなのを語る中で出てきた言葉。
よく分からない。泣いた理由が分からない。
ただそうじゃなかったのだろうかと信じこまされそうになる。
神の子かどうかは定かじゃなかったが、
本人マジでそう思いながら
ゴルゴタの丘に臨んだのかもと。
自分がなぜ?と思ったかも知れない。
順調に行きかかっていたメシア運動も、これで終わってしまう。
突然襲った思いがけない不幸、だったのかも知れない。
なぜ?と思った時にきっと
弟子たちよりもいち早くあの句に到達したのかも知れない。
かのイザヤ書の、ほふりの子羊の章。
それだけで納得はしなかったろうが、
自分に言い聞かせるように
この言葉をたむけたのだろう。
父がそれを望んだから。
幸も不幸もすべては神の計らい、
そう悟った人の子は実は
神以上の何かになった。
くやしい思い出せない
何とかロギア、前の文字が思い出せない、だからタイトルがつけられなかった。
4つある福音書を1つにまとめたものがかつて本屋で見かけて興味を持った。
もう少しましなものだと思っていた。
あれだけそれぞれがバラバラではまとめようがない。
でも事実としては一通りしかないはず。
まあどれも不正解ってのが正解なんだろうけれども。
だからこの4つを下手に組み合わせても事実を再現するような事は出来ない。
マルキオンだったか聖書をルか書だけにしようとしたのは。
あえて4つあってもなじみのない者からしたら混乱するもとでもある。
なぜわざわざ4つとも加えたのだろうか。
まだひとつきりなら信憑性も高まったと言うのに。
あえてうがった事を言えば
これらは矛盾に満ちていますよ、
こんなものはいっこも事実なんかじゃないですよ、
それぞれの作者が自分の都合のいいように歪めた記事しか
ないのだからと、
言ってるみたいに思えて仕方がない。
何が事実だったかはほんとはあんまり重要じゃない。
何が正しいのか、真実なのかが重要じゃないのか。
それがフィクションであっても
そこから得られる悟りこそが
4つある福音書を1つにまとめたものがかつて本屋で見かけて興味を持った。
もう少しましなものだと思っていた。
あれだけそれぞれがバラバラではまとめようがない。
でも事実としては一通りしかないはず。
まあどれも不正解ってのが正解なんだろうけれども。
だからこの4つを下手に組み合わせても事実を再現するような事は出来ない。
マルキオンだったか聖書をルか書だけにしようとしたのは。
あえて4つあってもなじみのない者からしたら混乱するもとでもある。
なぜわざわざ4つとも加えたのだろうか。
まだひとつきりなら信憑性も高まったと言うのに。
あえてうがった事を言えば
これらは矛盾に満ちていますよ、
こんなものはいっこも事実なんかじゃないですよ、
それぞれの作者が自分の都合のいいように歪めた記事しか
ないのだからと、
言ってるみたいに思えて仕方がない。
何が事実だったかはほんとはあんまり重要じゃない。
何が正しいのか、真実なのかが重要じゃないのか。
それがフィクションであっても
そこから得られる悟りこそが
もう占わなくていいから
昔本屋で見つけたスピリチュアルの本の中に書いてあった。
つまり占いするのは先行きが不安だから気休めにしてるのだと、
この本読んだら気が大きくなって、もう占わなくても
心配なんかしなくてすむようになるからと
言いたいらしい。
そんな本があるんだったら見てみたい。
クリスチャンは占いが禁じられてるみたいなうわさを耳にする。
信者してる人でも占い位するだろと思っていた。
また神社とかのおまもりが、
どうもクリスチャンホームの人には扱いに困るしろものだったらしい。
なんちゃってクリスチャンな物だから、
そのへんの感覚についてけない。
精神的に不安定だから、精神が未熟だから、信仰心が足りないから、
占いをしてしまうのだろうか。
未来の予測というよりも未来の可能性のひとつの物語として
紡ぎ出すようなところがある。
結果的にははずれるけれども、
占った時点では一応の道筋は出来上がっている。
まだ始まらぬ物語が自分の中で築かれている。
幸も不幸も一度シミュレーションとして、占いの形で体験する事は、
そんな精神の弱さによるものじゃない。
むしろ占いの効能について
自らを実験対象として
試している所
つまり占いするのは先行きが不安だから気休めにしてるのだと、
この本読んだら気が大きくなって、もう占わなくても
心配なんかしなくてすむようになるからと
言いたいらしい。
そんな本があるんだったら見てみたい。
クリスチャンは占いが禁じられてるみたいなうわさを耳にする。
信者してる人でも占い位するだろと思っていた。
また神社とかのおまもりが、
どうもクリスチャンホームの人には扱いに困るしろものだったらしい。
なんちゃってクリスチャンな物だから、
そのへんの感覚についてけない。
精神的に不安定だから、精神が未熟だから、信仰心が足りないから、
占いをしてしまうのだろうか。
未来の予測というよりも未来の可能性のひとつの物語として
紡ぎ出すようなところがある。
結果的にははずれるけれども、
占った時点では一応の道筋は出来上がっている。
まだ始まらぬ物語が自分の中で築かれている。
幸も不幸も一度シミュレーションとして、占いの形で体験する事は、
そんな精神の弱さによるものじゃない。
むしろ占いの効能について
自らを実験対象として
試している所