もう占わなくていいから
昔本屋で見つけたスピリチュアルの本の中に書いてあった。
つまり占いするのは先行きが不安だから気休めにしてるのだと、
この本読んだら気が大きくなって、もう占わなくても
心配なんかしなくてすむようになるからと
言いたいらしい。
そんな本があるんだったら見てみたい。
クリスチャンは占いが禁じられてるみたいなうわさを耳にする。
信者してる人でも占い位するだろと思っていた。
また神社とかのおまもりが、
どうもクリスチャンホームの人には扱いに困るしろものだったらしい。
なんちゃってクリスチャンな物だから、
そのへんの感覚についてけない。
精神的に不安定だから、精神が未熟だから、信仰心が足りないから、
占いをしてしまうのだろうか。
未来の予測というよりも未来の可能性のひとつの物語として
紡ぎ出すようなところがある。
結果的にははずれるけれども、
占った時点では一応の道筋は出来上がっている。
まだ始まらぬ物語が自分の中で築かれている。
幸も不幸も一度シミュレーションとして、占いの形で体験する事は、
そんな精神の弱さによるものじゃない。
むしろ占いの効能について
自らを実験対象として
試している所
つまり占いするのは先行きが不安だから気休めにしてるのだと、
この本読んだら気が大きくなって、もう占わなくても
心配なんかしなくてすむようになるからと
言いたいらしい。
そんな本があるんだったら見てみたい。
クリスチャンは占いが禁じられてるみたいなうわさを耳にする。
信者してる人でも占い位するだろと思っていた。
また神社とかのおまもりが、
どうもクリスチャンホームの人には扱いに困るしろものだったらしい。
なんちゃってクリスチャンな物だから、
そのへんの感覚についてけない。
精神的に不安定だから、精神が未熟だから、信仰心が足りないから、
占いをしてしまうのだろうか。
未来の予測というよりも未来の可能性のひとつの物語として
紡ぎ出すようなところがある。
結果的にははずれるけれども、
占った時点では一応の道筋は出来上がっている。
まだ始まらぬ物語が自分の中で築かれている。
幸も不幸も一度シミュレーションとして、占いの形で体験する事は、
そんな精神の弱さによるものじゃない。
むしろ占いの効能について
自らを実験対象として
試している所