THOUSAND WINDS -218ページ目

今日の月

いつまでも続ける気-画像-0004001.jpg
月が~出た出~た、月が~出た~よいよい♪
新しい方のケータイで撮ってみた。
ハレーション出ない代わり、ピンぼけ
ではでは

うちのぐるっぽ辞めた人もいた

私も軽い気持ちでいくつか他のぐるっぽにも入ってみて、
短期間でやめた所がいくつもある。
だから人の事は言えないし、
特に何が悪かったのか考えてもしょうがない。
でもここまで予想外に人が増えた反面、
そんなやめていく人もいたのを
あえて忘れたくはない。
未練がましい事は書かない。
ただ今後の反省みたいな感じで、それが正確ではないにしても
考えてみたくなった。
まあ私が絡んだ所は大抵放置状態が多くて、
一人で書いていてもつきが悪いと言うのか、
応答してもらえないのが残念なのか、
そこにいてもいなくても同じだと思ったりする。
参加したものの大抵はごく少数の人が常時発言を独占してるみたいに見え、
周りもそれを黙認してるみたいにも見える。
結局私ばかりがでしゃばっても、どこかいびつな形の掲示板に、ただの伝言板になり下がってるように見える。
ある意味特定の人が専門知識をそうした限定した数の人に
一方向に伝える為だけの
掲示板でも構わないのだが
なるだけ多くの人が参加するみたいな形と言うのは
実現しないものかどうか。
それ私には難しかったが、人がそれやってくれるか
あてにして任せてよいだろうか

実はぐるっぽも迷っている

いくつもぐるっぽに入ったものの、どうしようかと思っている。
実際の所そのうちで投稿出来ているのはほんのわずかで、
あとはいくらか読んでそれっきりになっている。
自分が書き込めない所でも、人が書いたものを読むのが目的と言うのもある。
ただやはりいくつかは私的にはもうやめてみてもいいんじゃないかと思う。
ケータイのピグをしてみると半数の人はぐるっぽに入ってない。
またブログすら書いていなかったりする。
自分のぐるっぽがプロフィールと一緒に、相手に見えるようになっているが、
その際にやはりちょっと見せづらいようなものも混じっていないか。
たまたま自分で作ったぐるっぽの一つが、
人並みのレベルになったものの、
その先どうしたらいいか分からない。
人の借り物の所ももうあまり独占するのも悪かろうし、
ちょっとブログ以外の関わりを減らそうと考えている。
参加しないと中身が見れない閉鎖的な掲示板だけに、
案外使いづらい気がしなくない。

ぬるぽ

生ぬるいからはき出そう。
黙示録あたりに書いてあった事。
オールオアナッシング。
極めて熱いか極めて冷たいか。
どちらかでしかない。
信じるなら全て。
信じないなら全て。
福音派なら全面肯定。
リベラル派なら全面否定。
いいものは常に良く。
悪いものは常に悪い。
人間は二元論が好き。
て言うかそんな考え方しか出来ない。
アナログ的に考える事が、出来ない。
それが人間の脳の性能であり、
限界でもある。
だからそこにつけこまれる。
人の弱味はそんな、生物学的な弱さ。
世界はそんなに単純じゃない。
ことに宗教は何かと単純に考えたがる。
脳を楽させる事が重んじられるかのように、
だから、ぬるぽ

電波のつながるうちに

地下鉄の駅に着いた時を見計らって送信ボタンを押す。
ブログをするのもメールを書くのも同じはずだが、
地下鉄の中でもかなりの人がケータイ使っているんだが、
どうしてるのだろうか。
そんな神経質な事をしてるだろうか。
通信してみてつながらなければ、ただ再送してるだけなのか、
そもそも通信そのものはしないのかも知れない。
だから地下鉄区間内でケータイで通信しようと言う事自体が間違ってるのかも知れない。
誰もそんな事やっていないか、もしくはほとんど見かけないだけでわずかはいるのか。