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読書っていいですよね

世の中、いろんな本がありますよね。本を読んでいるとき、私は無常の喜びを感じます。本はどこでも持っていけるので、天気の良いには、日がな近くの公園のベンチで本を読んでいたりします。このブログでは、日々、本を読んで新たに知ったこと、感じたことを書いています。

 岩波文庫の「悪魔の涎・追い求める男」は、アルゼンチンの作家コルタサル(1914-1984)の短篇集です。本書には、10篇の作品が収録されています。
 幻想的な作風の作家で、この短篇集でも、多くの作品で描かれているのは、現実と非現実の交錯する不思議な世界です。読んでいるうちに、つい、引きこまれてしまいます。

 短篇集のタイトルとしても取り上げられている「悪魔の涎」の主人公はアマチュアのカメラマンです。舞台はパリ。コルタサルは、フランスに留学し、人生の後半はパリに定住したので、物語の舞台は欧州、特にフランスが多いようです。
 主人公がカメラを下げて、セーヌ川沿いを散歩していると、「どこか人を不安にさせる雰囲気」を漂わせた男女を見かけます。男は15歳くらいの少年、女は年上のブロンド美女。恋人同士というには年齢が離れていますが、遠目にはそう見えなくもありません。
 主人公は、二人の間柄に関して、いろんな想像をふくらませながら、カメラのシャッターを切ります。それに気づいた女が怒って、フィルムを渡せと、ものすごい剣幕で言いよりますが、主人公は適当に言い返しながら逃げ帰ります。
 自宅に帰って数日後、現像してみると・・・撮影した写真の中の風景は、撮影したはずの風景ではありません。事態は進行しています。不気味な男が加わって・・・少年の運命や如何に・・・。
 これを見ても、写真の中なので、助けることもできない主人公のもどかしさが、上手く描かれており、「そもそもなぜ写真が・・・」といった野暮な疑問は、頭に浮かびません。
 また、この作品は、主人公が写真を撮るため、カメラのファインダーを通した情景描写が多いせいか、映像を見ているような気分にさせられるのも、特徴的な気がします。

 私が一番面白いと思ったのは、「追い求める男」でしょうか。極めてラテンアメリカらしい天才的サックス奏者のジョニーが主人公です。
 物語は、ジョニーの伝記を書こうとしているライターの視点から語られる形で進みます。
 ジョニーは、天才的なサックス奏者ですが、あいにく麻薬中毒でもあります(それが、ジョニーの人間性に深みをもたらしている感じもしますが・・・)。とかく奇行が多く、幻覚も見たりしているので相当な重症ですね。現実と彼の見る幻覚の世界が奇妙に交わりあって、不思議な世界観を作り出しています。
 しかし、読み進めると、彼の奇行や幻覚は、単に麻薬よるものというわけではないという気がしてきます。彼に取り憑いたサックスの神様がそうさせるのか、天才にだけわかるサックスに対する思い、ジャズに対する理解、感性が、数々の奇行となって現れているようです。
 その中に、痛ましいまでの純粋さと、他と理解を共有できないことによる孤独を感じるのは、私だけではないでしょう。音楽でも、文学でも、芸術の世界では、この手の天才は長生きできないケースが多いと思いますが、やはりこのジョニーも・・・。
 この短篇集の中ではかなり長く、中編という感じですが、愛すべきキャラクター、ジョニーに惹かれて一気に読み通してしまいました。

 「南部高速道路」という短編も面白いです。事故で高速道路が閉鎖され、閉じ込められた人々の間に、一時的な共同体社会が出現するまでを書いた話です。大きな事故だったらしく、閉じ込められたのは具体的に「何日間」と書いてあるわけではないのですが、季節が移り変わったりするので、相当ですね。もしかしたら、公務員がストライキでもしていたのかも・・・。
 人々はそれまで、お互いに全く知らなかった人々と一緒に暮らすことになります。ただ、お店があるわけでもないので、食料や水を手に入れるのも物々交換、一気に原始的な社会に逆戻りです。
 そんな中で、人々は、次第に生きていくための仕組み、小さな共同体社会の仕組みを整えていきます。食料を集めて備蓄し、必要に応じて配給する、病院組織を作る、自警団を作る・・・一つの社会が出現するまでの過程を見ることができます。
 ちなみに、この小説では、登場人物は名前で語れることはありません。高速道路を走っていたので、皆当然車に乗っていますが、その車の名前で表されるのです。「フォルクスワーゲンの若い男」、「ドーフィヌの若い娘」といった感じです。
 様々な事件を経験しつつも、人々は結束を強めていきます。恋も発生します。
 が、きっかけとなった高速道路の閉鎖はいつかは解かれるものであり、最終的にはこの高速道路も元に戻ります・・・。
 テンポのよい文体で書かれた、ありえない状況の中での共同社会の誕生から、崩壊、そして主人公の胸に残されたかすかな「郷愁」は、一読の価値があると思います。

 作者のコルタサル フリオは、アルゼンチン人を両親に、ベルギーのブリュッセルで生まれました(※1)。
 小学校に上がる前には、ブエノスアイレスに移りますが、急に父親が失踪してしまい、かなり苦労したようです。
 大きくなって高校の教師となりますが、当時台頭した独裁大統領ペロンに反対して、逮捕、投獄されます。当時のアルゼンチンに知識人の多くが、投獄されたそうです。それにしても、相当な苦労人ですね。
 出獄後は翻訳家として生活し、フランスに留学。フランスで文学賞をとって、以後パリで暮らしたそうです。
 ポー、コクトー、シュールレアリストのアルフレッド・ジャリ等の影響を強く受けており(※2)、作風は幻想的だと言われますが、いわゆる怪奇幻想のたぐいではなく、日常生活の中に急に非日常が侵入してくるといった類の作品が多いようです。
 他にアルゼンチンの作家というとボルヘスを思い浮かべる方が多いと思いますが、コルタサルは彼に負けず劣らない、短編小説の名手との評判を確立しています。(※2)

(※1)世界文学大辞典
(※2)コルタサル短編集「悪魔の涎・追い求める男」(コルタサル/岩波文庫)


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