島崎藤村は、明治5年2月17日、筑摩県筑摩郡馬籠村(長野県木曾郡山口村)に生まれました。いわゆる中山道馬籠宿ですね。(※1)ここは、平成の大合併で越県合併し、現在は、岐阜県中津川市になっています。
彼は、東京の女学校で教師をやって、教え子との恋愛に苦しんだり、色々な経験をした後、明治32年4月~38年4月まで、小諸にある小諸義塾という学校に赴任、英語と国語の教師をやっていました。(※2)この建物は、今も記念館のような形で、小諸駅の近くにあるようですね。
既に、有名な「若菜集」(明治30年)を出版した後であり、詩人としての名声を確立した後の赴任です。この地で、彼は、最後の詩集とも言える詩集「落梅集」を出しています。
この「落梅集」の中に「小諸なる古城のほとり 雲白く遊子悲しむ・・・」という、かの有名な詩「千曲川旅情の歌」が入ってます。高校性の頃、国語の授業で暗唱させられたもんですな・・・ということを思い出しました。この詩は、小諸の懐古園に歌碑が立っているそうなので、小諸に行ったら是非、見てみたいです。
詩人の三好達治によれば、この詩の良さは、「母音の組み合せが非常によくて、極めて『音楽的』であるという点と、「いい意味でのとりとめのなさからくる単純さ」、だそうです。(※3)
1番目の指摘はわかりやすいですね。確かに、特にこの詩の最初のフレーズは、多くの単語がK音から始まっており、韻がが踏んである感じで調子が良いですよね。
2番めの指摘は、私には、わかったようなわからないような・・・という感じです。
藤村は、小諸に来た頃から、今後は詩ではなく小説・散文で生きていこうと決めていたようで、「千曲川のスケッチ」は、彼の散文の訓練を兼ねたような「写生文」を束ねたものです。
小諸の春から始まり、1年間の四季の移り変わりと共に、そこで生活する人たちの風習、素顔が、美しい文章で綴られています。
懐古園等の名所にも、よく足を運んでいます。先生だった彼は、学生を連れてよく遠足に行ったようですね。
「私は昼の弁当を食った後、四五人の学生と一緒に懐古園へ行って見た。荒廃した高い石垣の間は、新緑で埋もれていた。」(※2)
本書に描かれる自然の中心をなすのは、深い谷である千曲川と、雄大な浅間山で、この対比が、小諸の風景のスケールを雄大なものにしています。
「・・・千曲川は天主台の上まで登らなければ見られない。谷の深さはそれだけでも想像されよう。海のような浅間一帯の大傾斜は、その黒ずんだ松の木の下へ行って、一線に六月の空に横たわる光景が見られる。」(※2)
馬籠で生まれ育った藤村には、小諸の情景は、懐かしく、親しみ深いものだったでしょうが、同時に東京に住み、激しい時代の流れを目の当たりにした彼には、この時間が止まったような風景がいつまで、このままであり続けられるのか、心配もあったようです。お寺の多い飯山に行った際、彼はここに来ると上方に来たようだといい、
「この古めかしい空気は、激しく変わりゆく『時』の潮流の中で、何時まで突き崩されずに続くものだろうか。」と書いています。(※2)
藤村は、この小諸滞在中、多くの自然に触れ、それをこの「千曲川のスケッチ』という形で残しました。その際、身につけた自然描写の技術は、そのまま、後の作品「破戒」や、「夜明け前」に活かされていると思います。
ちなみに、このような本を読むときに、私が楽しみにしているのは、食事のシーンです。どんなものを食べているのか、非常に興味深いですよね。そう思いませんか?この本に登場する食事のメニューをまとめると、次のようになります。
鯉の塩焼きと冷奴、らっきょうの塩漬け、茸、鳥と茄子の露、南瓜の煮付け、ハリコシ(熱い灰の中で焼いた蕎麦餅)、酒盛り後の蕎麦、お煮掛(手製のうどんに野菜を入れて煮たもの)、丼一杯の炊きたて豆腐、肉鍋(牛肉鍋、スキヤキかもしれませんが・・・)
いずれも美味しそうです。山の幸、いいですね。ハリコシって全く知らなかったのですが、今でもあるのでしょうかね。ちょっとネット調べると小諸には、「はりこし亭」という食事処がありますね。が、そこでハリコシが食べられるのかどうかは、メニューを見る限り不明ですね。
本書は写生文なので描写が細かく、特にストーリがーあるわけではないため、文章自体を楽しむといった読み方が良いでしょうか。
それか、私のように信州旅行の際のガイドブックとして利用するか・・・。
いずれにしても、どこから読み始めて、どこで終わっても問題ないので、ちょっとした細切れ時間に読むのに適した本です。都会の混雑した通勤電車の中で開けば、多少なりとも煩雑な現実から逃避できるかもしれません。
(※1)国史大辞典
(※2)「千曲川のスケッチ」 (島崎藤村/新潮文庫)
(※3)「詩を読む人のために」 (三好達治/岩波文庫)
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