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読書っていいですよね

世の中、いろんな本がありますよね。本を読んでいるとき、私は無常の喜びを感じます。本はどこでも持っていけるので、天気の良いには、日がな近くの公園のベンチで本を読んでいたりします。このブログでは、日々、本を読んで新たに知ったこと、感じたことを書いています。

 「静かな生活」は、ノーベル文学賞を受賞した大江健三郎氏(1935-)が、1990年に発表した作品です。彼のノーベル賞受賞は、1994年ですから、そのちょっと前となりますね。
 彼の小説は、1990年代あたりから、それまでの実験的、前衛的な感じから、私小説的になったそうですが、この「静かな生活」も、私小説的な性格を帯びた作品となっています。(※1)

 この作品は、6編の連続する短編から構成される連作です。ちょっと不思議な環境の中で、ある時は哲学的な、ある時は微笑ましい、たまにスリリングな家族の生活が描かれています。
 登場人物は特徴的な人が多く、なんとなくユーモラスな感じが全編に漂っており、読む人を飽きさせません。

 主な登場人物は、3人の兄弟です。知的障害を持つ長兄の「イーヨー」(これはお気付きのように、くまのプーさんのロバの名前からとったものですね)と、次女の「マーちゃん」、そして末の弟の「オーちゃん」です。3人の兄弟は皆、作中これらのニックネームで呼ばれており、本名は不明な点が面白いですね。

 兄弟の両親は、父が著名な作家という設定になっています。父は突然、「精神の危機」を感じ、米国の大学の「ライター・イン・レジデンス(居住作家)」となって、渡米してしまいます。そして母もこれについていってしまうのです。そのため、3人兄弟は急遽、自分たちだけで留守を守ることになります。
 父が感じた精神の危機とは、何なのか、明確には書かれていません。作中では、兄弟(特にマーちゃん)や、様々な人が、「なぜ兄弟の両親は、二人して米国に行ってしまったのか、それも3人の兄弟を置き去りにして。」という点に考察を加えます。
 これを通じて、次第にぼんやりと理由らしきものが見えては来るのですが・・・私には最後まで、はっきりとはわかりませんでした。

 さて、物語の中心となる3人の兄弟ですが、イーヨーは生まれながら、脳に障害があり、てんかんの発作をおこすため、日常生活でも人の支援が必要です。しかし、独特の作曲の才能を持っており、週に1回、先生のところに習いに行っては、美しい新たな曲を作り続けています。大江健三郎氏の息子さんである、作曲家の大江光氏がモデルでしょう。

 そのイーヨーを日常的に支えているのが次女のマーちゃんです。マーちゃんは、フランス文学を専攻する大学生。既に長兄イーヨーの面倒を一生見ると決めており、「私がお嫁に行くならね、イーヨーと一緒だから、少なくとも2DKのアパートを手に入れられる人のところね。そこで静かな生活がしたい。」(※2)といいます。なかなか大した覚悟ですね・・・。 
 物語は、一貫してこのマーちゃんの視点から語られます。彼女は、作品の中で何か事件が起こった際には、中心となって対応するしっかり者ですが、たまに本人の言うところの「自動人形化」します。ちょっとエネルギー切れの感じ。この「自動人形化」がどのような現象かは、連作中の一編「自動人形の悪夢」で語られます。

 末の弟のオーちゃんは、理系志望で極めて論理的。文章で書くような話し方をし、そこが嫌だと姉マーちゃんに言われたりしてます。浪人中で、受験勉強に熱中していますが、最終的には「合格が見えた」ということで、イーヨーのお世話をマーちゃんと分担します。良い家族ですね・・・。

 連作の各編のテーマは、
ある時は3兄弟の心的内面、ある時はちょっとした事件等、様々です。

 例えば、「案内人(ストーカー)」という作品では、ソ連の映画監督タルコフスキーが制作した映画「ストーカー」を見たマーちゃんが、色々な人にその感想や解釈を問い、ディスカッションするシーンが大半を占めています。映画について、色々と考え、映画を自分たちに当てはめて考えた結果、彼女は実に意外なことを思いつきます・・・。

 ちなみに映像の詩人と言われたタルコフスキー(1932-1986)。私はこの「ストーカー」という映画は見ていませんが、昔、やはり彼が監督した「惑星ソラリス」という映画を見たことがあります。
 彼は、1984年、死の2年前にソ連から亡命しますが、彼がソ連国内で監督した最後の映画が「ストーカー」だそうです。(※3)

 本作中の「ちょっとした」事件は、後半になるに連れ、次第に「ちょっとした」レベルではなくなっていきます。あまりタイトルの「静かな生活」には、そぐわない生活。

 私が一番おもしろいと思ったのは、最も事件性の高い、連作中の最後の作品「家としての日記」です。
 マーちゃん、危機一髪、イーヨーよくやったという感じですね。 
 この作品の最後に、イーヨーは、これら一連の出来事を記したマーちゃんの日記にタイトルを付けるとしたら?と問われ、それなりに大変な思いをした後であるにも関わらず、「『静かな生活』はどうでしょう?」と明るく言い放ちます。
 
 全編を通じて感じられる、イーヨーの始終一巻した明るさ、優しさに、救われる思いがするのは、おそらく私だけではないでしょう。
 
(※1)日本大百科全書
(※2)「静かな生活」 (大江健三郎/講談社文芸文庫)
(※3)世界文学大辞典