その後、その神経質な感じなんとなく惹かれて、様々な作品を読みま した。「檸檬」、「泥濘」、「ある心の風景」、「城のある町にて」が特に好きな作品です。
最初の3つは、ちょっと病み、悩む感じの主人公が出てくる作品ですが、最後の「城のある町にて」は、暗くない作品で、私の田舎の実家での子供の頃の生活を髣髴させる点が気に入っています。 蛇足ですが、彼の作品は多くが青空文庫で無料で読める上に、原則、短編なのでスマートフォンなどで移動中に読むのに便利です。
「檸檬」は、有名な作品なので読んだことのある方は多いと思います。この作品の場合もそうですが、彼の作品にはよく、肺病病みで、金欠の主人公が出てきますね。ひどい場合は、さらに性病にかかったりしているいます。
そんな自分を凝視し、乱れた生活の中での不安な心理状態が、ちょっとしたことで、いい方向、悪い方向に動く様を繊細に書いているところが特徴的です。ちょっとしたことでジェットコースターのように変動する主人公の心境がよく書かれています。「檸檬」は典型的だと思います。
「檸檬」の場合は、主人公は肺結核と神経衰弱にかかっており、さらに「背を焼くような」借金があるということなので、これだけで、十分つらそうですが、彼曰く、これがいけないのではないそうです。何か心に「えたいの知れない不吉な塊」があって、それがいけないと・・・。なんとなくわかりますよね、原因不明のなんとなく感じる不安。主人公は、これまで興味を持っていたもの(本とか、音楽とか)に興味がもてなくなってしまった・・・と書いてあるので、よくわかりませんが、ちょっとしたうつ状態でなのでしょうか。
そんな彼は、京都の街をふらふらして、ある八百屋で、檸檬を買います。「レモンエロウの絵の具をチューブから出して固めたような檸檬」、が彼は好きだそうです。好きな理由から見て、食べるために買ったわけではないですね。華美な美しさは重すぎる彼の精神状態に刺さるものだったんでしょう。そして檸檬を買った彼は気分が高揚し、極めて幸福な気持ちになります。
ちょっと気分が高揚した彼は、かつて好きだった丸善に入ります。これが失敗でした。また、以前好きだった場所なので、現在の状況との落差を強く感じさせるためか、彼の気分はまた沈んでしまいます。
しかし彼は、突然ある悪戯を思いつきます。画集を積み上げてお城を作り、その天辺に檸檬をおきます。今の丸善なら「お客様ちょっと。」と言われそうですが、当時の丸善には店員さん少なかったのですかね。 彼は夢中になってこの作業に没頭し、次第に元気を取り戻していきます。ほとんど作業療法のようですね。私は専門家ではないので知らないのですが、やはり効果が高いのでしょうか。
ちなみにこの檸檬を乗せた際の「・・・その檸檬の色彩はガチャガチャした色の階調をひっそりと防止系の身体の中へ吸収してしまって、カーンと冴えかえっていた。」(※1)という描写は、本当に巧いと思い、気に入っています。言葉としてはどこにも時に関することは、書かれていないのですが、「時」が止まったかのような感じがします。
彼は、その悪戯をそのままにして丸善を出ることを思いつき、実行します。丸善から出た彼は、すっかり元気を取り戻します。気詰まりな丸善に仕返ししてやった!という爽快感。それに加えて私は、「自分が自由である」ことに気づいたことも、元気を取り戻す要因だったのではないかと思います。 このときの丸善は、現在、彼が抱えている
「えたいの知れない不吉な塊」 の象徴でしょう。そこで、本来やってはいけないことをした、ある意味自由に振る舞い、自由になれたというのは、今、彼が抱えている不安の中でも、もっと自由に振舞える、自由になれる、希望を持たせてくれたのではないでしょうか。
私自身も案外と自分なりの「やってはいけないこと」に縛られているような気がします。他の人からみれば、別にたいしたことではないので、やればいいのにという感じのことでも、無意識に自分にとっての禁忌にしていることがあるような気がするのです。ちょっとしたことで、そこから抜け出せると、やはりうれしいだろうなと思います。とりあえず、今度レモンでも買って、どこかに置いてこようかな・・・。
ちなみに梶井基次郎は、わずか32歳で夭折しておりますが、彼が年齢を重ねたときの作品を是非見てみたかったですね・・・。残念です。
(※1)「梶井基次郎全集」 (梶井基次郎/ちくま文庫)