SFの世界では著名なヒューゴー賞を1回、ネビュラ賞を、それぞれ1回受賞しており、後代に大きな影響を与えた作家の一人だそうです。
彼のSF作品は、科学技術が主体のいわゆるハードSFではなく、どちらかというとSF的な舞台設定の中で、人間の心理が中心に描かれているため、「幻想派」というのだとか・・・。
彼の代表作といわれる長編「人間以上」は、複数の人間が集まって「ゲシュタルト生命」とわれる超人間を形成するというのがテーマになっており、このアイデアは多くの人に影響を与えたようです。(※1)(※2)私もまだ、読んでいないので、今後読みたいなと思っています。
彼の評伝を見ると、どちらかというと、評価されるのが遅かったりして、現在の名声から考えると、不遇な感じがするのですが、活躍の幅は広かったようで、初期のスタートレックのシナリオ等も書いていたようですね。(※3)
ちなみに有名な「スタージョンの法則:Sturgeon's Law」等、いくつかの格言の元になった作家でもあります。
「常に絶対的にそうであるものは、存在しない」、「どんなものも、その90%はカスである」等、マーフィの法則っぽい法則ですね。より詳細を知りたい方は、Wikipedeiaで「スタージョンの法則」をご覧になれば、詳しく書いてあります。(※4)
ここで取り上げている「海を失った男」(河出文庫)は、彼の代表的な短編を集めた短編集です。その中で、私は以下の4つが気に入りました。
「ビアンカの手」は、人の全体ではなく、部分を愛してしまった男の悲劇です。「部分」はタイトルにある通り、「手」です。いわゆる「手フェチの悲劇」という感じでしょうか。
重度の精神障害を持つビアンカという女の子の美しい両手にすっかりとりつかれてしまった主人公には、手が主体、他の部分は寄生体のように見えてしまいます。何とか美しい手を自分のものにしたいと、一生懸命がんばりますが、その結果・・・というお話です。手自らが意思を持った生命体の中心のように描かれているため、なんとも不思議な感じがします。
「シジジイじゃない」という変わったタイトルの短編は、荘子の「胡蝶の夢」のようなお話です。
主人公は交際していた女性にふられそうになりますが、そのとき、いきなり「首」が出てきて、「シジジイならいいが、そうでないなら終わりだな。」と不思議なことを言います。首に導かれて、色々考えるうちに主人公は、全ては夢ではないかとの考えに至りますが(首が見えたりするわけですからね)、最後に「シジジイ」の意味が明らかになり、意外な結果が・・・というお話です。意外性が面白いです。
「そして私のおそれはつのる」は、SFというよりは、人間心理の面白さをテーマにした短編でしょうか。
貧民街で生まれ育った少年が、ある中年女性に出会います。彼女の教えを受けて、少年は更生しよい方向に成長していきます。
指導した女性は、ヨガ等を研究したり、催眠術を使えたりと、ちょっと変わった女性なのですが、「善悪は絶対的なものではなく、相対的なものである」、といったことを現在でいうところの「コーチング」形式で少年に教え込みます。このコーチングは、なかなか見事で、会社で部下に対するコーチングに困っている人には参考になるかもしれません。
成長した少年は、ある少女と出会い、指導を受けた女性の教えも、絶対的なものではない(絶対的なものはないと教えられてますから・・・)と思うようになり、最終的には・・・というお話です。
成長した少年と、指導女性の対立、その原因が面白いです。色々言っていても、人間、普遍的な感情には逆らえませんね。
「海を失った男」は、本書の表題になっている短編ですが、途中までよくわからない感じで話が進み、最後にやっと、「そうだったのか」と納得に至ります。
それまでに、伏線はあるのですが、高度すぎて読んでいる途中はよくわかりませんでした。天文学に非常に詳しい人ならわかると思うのですが・・・。これも意外な結末が楽しい作品です。
他にも短編が採用されています。よくわからない中で話が進み、最後までよくわからない、でも惹かれる、という作品もありますが、これは単に私が理解できないだけだと思います・・・。
いずれにしても、SF的な世界と人間心理の組み合わせというのは、あまり見かけない感じで、非常に面白いと思いました。
(※1)日本大百科全書(ニッポニカ)
(※2)世界文学大辞典
(※3)Theodore Sturgeon Literary Trust (http://www.theodoresturgeontrust.com/bio.html)
(※4)Wikipedia 「スタージョンの法則」
- 海を失った男 (河出文庫)/河出書房新社

- ¥924
- Amazon.co.jp