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読書っていいですよね

世の中、いろんな本がありますよね。本を読んでいるとき、私は無常の喜びを感じます。本はどこでも持っていけるので、天気の良いには、日がな近くの公園のベンチで本を読んでいたりします。このブログでは、日々、本を読んで新たに知ったこと、感じたことを書いています。

 この本は、昭和16年、太平洋戦争突入の直前に有名なゾルゲ事件に連座し、スパイとして逮捕された、尾崎秀実(おざき ほつみ、1901-1944)が、獄中から家族に宛てた手紙を集めた、書簡集です。

 ゾルゲ事件とは、ドイツの新聞記者、共産主義者のリヒャルト・ゾルゲが、ソ連コミンテルンの指示で、昭和8年「フランクフルター-ツァイツング」紙特派員として来日し、国内で諜報活動を行い、昭和16年、逮捕された事件です。(※1) 尾崎秀実は、共産主義を信奉しており、彼の理想にしたがい、ゾルゲに協力、数々の政治、外交、軍事情報を提供しました。

 尾崎が特高に逮捕されたのは、昭和16年10月15日、裁判を経て、死刑が執行されたのが3年後の昭和19年11月7日です。
 ちなみに、尾崎が逮捕された翌日、第三次近衛内閣は総辞職し、数日後東條内閣が成立しています。

 投獄から処刑までの3年間に、尾崎は獄中から残された家族、妻の英子と、娘の楊子に宛て、二百余通の手紙を送ります。(※2)
 極刑となる可能性が高い罪に問われた尾崎の手紙からは、大きな動揺は感じられません。泣き言もありません。
 彼は裁判の間、ついに、転向することはありませんでした。上申書を出して、転向を認めれば、極刑は避けられる可能性は高かったようですが、彼は最後まで、自分のコミュニストとしての信条を貫き通します。 尾崎の上申書は、岩波現代文庫から「ゾルゲ事件 上申書」というタイトルで出版されており、読むことができます。

 手紙に書かれた話題の大半は、残された家族(妻 英子と、娘 楊子)の生活に関する事細かな注意と、獄中で読む本の差し入れの依頼、及びその本に関する感想です。 
 家族への注意は、今後住むべき場所や、お金の使い方、娘楊子が勉強したほうが良い内容、読むべき本等、広範に渡ります。尾崎の残された家族に対する心配が伺えます。

 逮捕されるまで、尾崎は家族に自分の主義信条を明かすことはなかったようです。妻英子は、尾崎が逮捕された時、いきなりの出来事に本当に驚いたということでした。
 ただ、逮捕されてからは、これらの手紙を通じて、自分が命を賭して守り通そうとしてる信条を、何とか伝えたいという意志が、一見、淡々とした文章の中から、ひしひしと伝わってきます。
 当代一流の知識人として、世相を的確に読んでいた尾崎は、これを伝えることで、家族に終戦後、訪れるであろう新しい世界に的確に対処し、真に良い人生を送って欲しいと思ったのではないでしょうか。

 彼は手紙の中で、理想を持って生きることの重要性を説いています。
「私は今まで過ぎてきた後をふりかえってみるとき、常に楽しい思い出に満ちて居たように思われるのです。・・・・これは私が常に理想を持って生きてきたからです。」(※2)

 また、娘に、私利私欲を捨てて生きることの大切さを教えます。
「楊子よ、愛情の輝きをくもらすものはただ我欲と利己主義だということを知っておかねばなりませんよ。・・・・」(※2)

 もちろん自分の信条を貫いたがため、家族に多大な苦しみを与えていることに、苦悩もしています。
「自らを時代の犠牲の祭壇にささげた私は、また、最も愛する妻子をも同じくその道連れにしなければならなかったのであります。」(※2)

 彼の死刑が執行されたのは、昭和19年11月7日の朝でした。
「・・・寒さも段々加わって来ます。今年は薪炭も一層不足で寒いことでしょう。僕も勇を鼓して更に寒気と闘うつもりでいます。」(※2)
これを書いた時点では、執行がすぐ近くに迫っているとは思っていなかったのですね。この手紙を書いた数時間後、尾崎は処刑のため、呼び出され、8時51分、絞首台で絶命しました。(※2)

 尾崎秀実は、東京帝大の大学院を卒業後、朝日新聞社に入社しました。その間、特派員として、上海に在勤、中国に対する洞察を深めています。その知見が高く評価され、第一次近衛内閣や、満鉄調査部(東京支社調査室)などの嘱託を歴任することとなったのです。
 
 満鉄調査部は、初代満鉄総裁、後藤新平が設立した、当時の日本を代表するシンクタンクです。優秀な人材を集め、豊富な資金を活用して、満鉄や、関東軍の頭脳として活躍した機関です。徹底したフィールドワークで、質の高い調査を提示し続け、「支那抗戦力調査」という調査はその品質の高さが戦後も評価されたそうです。(※3)

 そのような尾崎ですから、彼から流出した情報は、かなり機密情報だったでしょうね。
 尾崎の起訴を担当した検事は、尾崎がかなりお金のかかる派手な生活をしていた点に目をつけ、金銭報酬目当てで情報を売ったという筋書きで立件しようとします。
 しかし、調査をいくら進めても、尾崎が使っていたお金はすべて、通常の彼の仕事から得たお金であり、ゾルゲ機関からの報酬はなかったそうです。かなりの高給取りだったのですね。
 彼は本当に、自分の理想に基づき、ゾルゲに協力したのでしょう。日本でゾルゲが接触して、協力を依頼したとき、「考えさせてくれ」という言葉も無く、その場で引き受けたといいます。(※4)

 尾崎秀実の理想の良し悪しや、情報漏洩の罪に関しては、様々な意見があると思いますが、自分の信じるところに従って生きた、その強さは、私のような意志薄弱な人間から見ると、「すごい」の一言に尽きますね・・・。

(※1)日本人名事典
(※2)「新編 愛情はふる星のごとく」 (尾崎秀実/岩波現代文庫)
(※3)「実録 満鉄調査部(上・下)」 (草柳大蔵/朝日新聞社)
(※4)「ゾルゲ -引き裂かれたスパイ(上・下)」 (ロバート・ワイマント/新潮文庫)

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