葵と敦也は高校二年で初めて同じクラスになった。
一年の時は違うクラスだったが、葵は敦也の存在を知っていた。
敦也の友人の神谷は学年トップの成績だったので学内では有名だったし、敦也自身も明るく目立つ人だった。 敦也ははっきり言って相当イケメンだ。
学年1,2を争うぐらいだと葵は思う。
一年の時はクラスが違ったが、実は葵は敦也と話したことがあった。
休み時間に敦也のクラスに実行委員の用事があって行き、そこで提出期限ギリギリの提出物を書いていた。 記入後、提出物ははさみで切り取りをしなければならないことに気づいたが、葵ははさみまでは持ってきていなかった。
教室に取りに戻っている時間はないし、周りに知っている子もいない。
すぐそこにいたのが敦也だった。
話したこともない人にはさみを借りるのは不躾だろうか?と葵は迷った。
葵の中で話したこともない男子から何かを借りるというのはハードルが高いことだった。
葵は中学校に入学したての時期にした嫌な経験を思い出した。
中学入学当初仲良くしていた友人たちはかなり地味なタイプだった。
葵は活発な方なので、次第に活発な子たちと仲良くなったが、その友人たちとも葵自身は話していて楽しかった。
ある日、その友人の近くの席に座って話をしていると、葵が座っていた席の男子が葵の方へツカツカとやってきて椅子を引っ張りながら
「俺の席に勝手にすわんなよ!」
と怒鳴られたことがある。
その男子は葵ではなく葵の友人の地味な子のことが嫌いだったようで、その仲間に席に座られたことが気に入らなかったようである。
時が経って、その男子は入学当初に葵にしたことをすっかり忘れ話しかけてくるようになったが、葵にとっては軽いトラウマだ。
そもそもクラスメイトに突然そんな仕打ちを受けたことがなくショックだった。
それ以外にも男子同士でけんかをしたり、突然怒って机を蹴ったりするのはいつも男子だったので、葵の認識では男子は時々攻撃的な人がいるというものになってしまった。
敦也もハキハキした印象だったので、はっきりとウザがられたら、結構ショックだ。
だが、時間もないしダメ元で聞いてみることにした。
「・・・あの。はさみ、持ってる?あれば借りてもいいかな?」
すると敦也は葵の心配など全くよそに
「ああ。全然いいよ。」
と笑顔で貸してくれたのだった。
意外だった。
葵とて、同じ学校の子がはさみを貸してと言えば気にせず貸すだろうが、敦也に対しては「結構キツい人」という印象を勝手に持ってしまっていたので、とても爽やかで優しい人だと思ったのだ。
葵の中で敦也の高感度はグンと上がった。
とは言えその後、二年で同じクラスになるまでは特に交流もなく、敦也が友人たちと楽しげに遊んでいる姿をたまに目にするだけだった。
明るくて元気なイケメンと言うことで敦也は当然のようにモテていた。
同じクラスの女子が敦也に告ったらしいという噂を耳にすることもあった。
二年で敦也と同じクラスになった当初も葵にとって敦也はモテるイケメンで意外に優しい人という印象以上ではなかった。
しかし、敦也は葵が思っているよりずっと面白く気さくで明るい人だった。
イケメンという自覚がないのか、モテている自覚もないのか、と思うほど、自分の容姿を鼻にかけている様子は一切なかったし、単純に楽しいことが好きという感じだった。
ハッキリとものは言うが、突然机を蹴ったり女子の椅子を引っ張ったりするような人ではなかった。
同じクラスの中でたまに話しをしたり、友人と楽しそうにしている姿を見たり、クラスイベントで学校外で集まるときに私服を見たり。
そうやって徐々に同じ時間を過ごすようになると、葵はいつも自分が敦也を探していることに気づき始めた。
そのうち、体育祭や文化祭など学校行事でいつもより少し多めに話しができるだけで浮かれる自分を自覚し始め、敦也の新しい一面を見る度にどんどん葵は敦也に惹かれていった。
そして二年の冬休みに入る頃に偶然にも同じ日に同じ塾の真後ろの席でテストを受けて入る事になったのだ。
葵も明るい方で異性とも同性とも気軽に友達になった。
しかし敦也と話すときは緊張してしまって、あまりうまく話せない。
友人として割と仲良くなってしまった手前、他の人に恋心を知られる事も恥ずかしく親友たちにも敦也のことが好きなことを打ち明けていなかった。
以前、敦也に好意を寄せていた子が照れ隠しかからかい半分で敦也に好意を表したところ、煙たがられてしまったという噂を耳にしたことがある。
しかもその子は葵にとても似ているとみんなからよく言われており、入学当初は間違われて声をかけられる程の子だった。
また、同じクラスの子を振ったという噂も一年生の時に耳にしていた。
モテるという噂は聞くが誰かと校内で付き合っているという噂は聞かなかったので、あまり露骨に恋心を表すタイプの子や同級生とは恋愛したくないのかと思い込んだりもした。
ましてや自分と顔が似ている子を煙たがっていたというのだから、自身の恋心も隠す方向にばかり力を注いでしまっていた。
同じ塾に入る前もメールでやりとりをしたり電話をしたりしたこともあった。
バレー部に所属している友人から、敦也は部活でおまえの話を良くしているなんていう話も聞いたことがある。
それでも、異性同性問わず仲よさそうに話す敦也を見ていると自分が特別とはとても思えなかった。
同じ塾に通い始めるようになると、葵が想像する以上に敦也との距離は縮まった。
塾内では成績順でクラスが分かれるのだが、いつも一緒に行動する友人たちの中で葵と敦也だけが同じクラスになったのだ。
はじめのうちは声をかけず逃げるように帰っていたが、敦也の方が気軽に声をかけてくれていつの間にか二人で帰るようになっていた。
敦也と二人だけで帰れる時間があるなんて。
この塾に通う前の葵には全く想像できなかった。
ただ話をするだけでこんなに幸せな気分になれるなんて。
葵はこの時間がとても楽しみだった。
駅までは10分もかからないが、葵にとっては特別な時間だった。
告白しようか、打ち明けてしまおうかと思ったことも何度もある。
しかし、その度に ウザがられたら 引かれたら 嫌われたら。
友人ですらいられなくなったら、今のように10分程度の時間さえなくなってしまう。
そんな風に思ってしまい、葵は今のままを選ぶ。
冬の寒い日の帰り道、今日も敦也と二人だけの帰り道だ。
塾は放課後からなので、終わる頃には葵はいつも腹ぺこだ。
「おなかすいたー。」
葵が話しかけるとも独り言とも言えぬ調子でつぶやくと、敦也は答える。
「・・・なんだ、ちょっと前に言えば美味しいお店あったのに。」
その美味しいお店とは塾生の間で評判らしい定食屋さんの事だろうと葵はピンときた。
敦也が友人たちと良く行っているという噂を聞いて、葵も友人たちと行けば敦也に会えるかもなどと思いつつも、葵はまだその店に行ったことがなかった。
行ってみたいと思っていたあの店に敦也本人と、しかも二人きりで行けるかもしれない。
葵はいまだに恋心を隠すモードでいたので、高揚感を必死で抑えながら言った。
「え、もう遅い?あのお店行ってみたい!」
「じゃあ、行く?」
「うん!」
まじかー!
川ちゃんと一緒に二人でご飯を食べれるなんて!
しかも夜ご飯!
しかも二人きり!
葵にとっては、夜ご飯を家族以外と食べるなんて事はなかなかない。
葵はドキドキと緊張、ワクワクと不安が入り交じる、しかしなんとも抑えきれない気持ちを感じながら、敦也と来た道を戻り店へ向かった。
店に着くと狭いカウンターしかないその店で、葵は敦也の隣に座る。
近い!
葵は緊張してパニック寸前な気持ちをどうにか抑える。
「はい。」
敦也がメニューを取ってくれる。
「ありがと。」
普通に受け取るが、手は緊張で震えそうだ。
なんかもうデートじゃない?
これは。
うわー!
嬉しい!
どうしよう!
にやけちゃう!
緊張する!
手が震える!!
葵はなんとかパニックになりそうな気持ちを抑え平静を装う。
「川ちゃんはいつも何食べてるの?おすすめは?」
「俺は定番のこれ。」
川ちゃん、これが好きなんだ。
覚えておこう。
敦也のことを少しでも知ることができて嬉しい。
「じゃあ、それにしてみようかな。」
「オッケー!すいません、これ二つ。」
「A定食ふたつね!おい敦也、今日はいつもの友達じゃねえじゃん。可愛い子連れて、デートかあ?」
敦也と仲がいいとおぼしき店員が敦也に気さくに声をかける。
「へへ。」
敦也は笑いながら否定も肯定もしない。
え!? 川ちゃん否定しない!
葵は突然のことに顔が熱くなってくる感じがして、隠そうと思わずうつむく。
「へへ。じゃねーよ。」
店員は葵の方を向き
「ごゆっくりね。」
と声をかける。 そう店員に言われ、葵は答える。
「あ、ありがとうございます。」
・・・あ、私も否定してない。
店員が去った後、敦也が言う。
「ごめんね。デートって事になっちゃった。」
「あ、うん。川ちゃん他の友達と来るとき大丈夫なの?」
店員さんが親しげに話しかけてきたってことは、友達と来てる時も話題にされちゃうんじゃない?
デートしてたってことになっていいのかな?
と葵が心配になっていると敦也が言う。
「まあ、別にい一っしょ。」
い、いいんだ。
やば。
めっちゃ嬉しい!
食事を待ちながらしばらく二人で塾や学校の話をしていると、敦也が思い出したように言う。
「・・・てかさ、さっきの。いいんだ、デートって事で。」
「・・え?う、・・・うん、まあ別に。」
なんと答えたらいいのかわからずしどろもどろになりながら葵は答える。
いや!むしろ嬉しいし!
にやけ顔抑えるのに必死だし!
こんないいことばっかりあるなんて!
もう今日死ぬのかなぁ?
葵が浮かれながらそんなことを思っていると敦也はさらに葵に尋ねる。
「黒って今付き合ってる人とかいないの?」
不意を討つ恋愛の話に動揺しながら葵は答える。
「え?・・・い、いないよ。」
私も聞いちゃおうか?
川ちゃんは?って。
・・・でも。 いる。って言われたらどうする?
そしたらこの後普通に会話できない。
それに、今から普通に一緒にご飯なんて食べれない。
・・・でも。 こんなチャンス二度とないかも。
「・・・川ちゃんはどうなの?」
あ!聞いちゃった! いたら死ぬ!
「いないよ。」
あー!良かったーーー!!!
葵がホッとしている間に敦也はさらに聞く。
「好きな人は?」
「・・・え?」
え?
えぇ!?
ど、どうしよう!
なんて答えたらいいの?
い、いるけど!
あんただよ!って感じなんですけど。
いるって答えて、誰?って聞かれたらどうしよう!
で、でも・・・。 答えないのも変だし、嘘ついてもしょうがないよね。
「・・・。い、いる。」
「え!?マジで?誰?うちの学校?俺の知ってる人!?」
川ちゃんめっちゃ聞いてくるー!
めっちゃぐいぐい来るー!
なんでそんなにぐいぐい来るかなぁ?
あんただよ、川ちゃんですよー!
・・・ど、どうする?
い、言っちゃう?
どうしよう!
葵が目まぐるしく考えていると、先ほどとは違う店員が声をかけてくる。
「お待たせしましたー。A定食二つです!ご注文以上でよろしいでしょうか?」
「あ、はい。どうも。」
葵は動揺しながら店員に答える。
店員は去って行く。
「わー!めっちゃおいしそう!食べよっか。はい、お箸。いただきます!」
ごまかすために葵は箸を敦也に押しつけ、先ほどの質問は忘れたふりをして食べ始める。
と、とりあえずこのご飯だけでも普通に川ちゃんと食べたい!
答えたらどっちにしろご飯食べられなくなっちゃうし!
「ほんと、おいしいね。川ちゃんおすすめだけあるわー!」
「だろ?今度来たら違うのもうまいから食べてみて。」
「今度?」
今度?って一緒に!?
あ、いやまた誰かと来たらってことか。
「うん、また夜ご飯の時間に帰り一緒になったら来ようよ。」
「え!・・・うん!」
嬉しい! しあわせだーーーー!!!
葵は叫び出したい気分だった。