近頃、手当たり次第に恋愛ものの電子コミックを読み漁っている咲期。
高校生が主人公の作品を読むと自然と自分の高校時代を思い出す。
高校時代は咲期の人生の中でも黄金期だった。
なぜなら高校時代に好きな男の子がいたのだ。
好きな子と毎日会ってドキドキできたあの時代は今の生活から考えるととても愛おしい。
結局、その男の子と咲期は仲がいい友達にはなったが付き合うことはなかった。
自分に自信がなかった咲期は、端から彼の気持ちもこちらを向いているかもしれない、がんばればこちらを向いてくれるかも知れないと信じることができず行動を起こすこともできなかった。
大人になった今思い返すと、彼自身がそれを自覚していたかどうかはわからないが彼も咲期に少なくともいくらかの好意を寄せていたであろうという行動や言葉は少なくはなかった。
高校生の頃の咲期は母親に、その日の彼との出来事を話したところ「それってデートに誘われたんじゃないの。」と言われたことがある。
あの時のあの言葉は私をデートに誘っていたのだろうか。
気づいて応えていれば、今頃はどんな生活だったのだろう。
今でも彼と付き合っている、結婚しているとまでは考えられないが全くないわけではない。
少なくとも今と同じ生活をしている事だけはないだろう。
あの日あの時勇気が持てていれば・・・。
咲期の脳内は今夜も、妄想という甘い幻惑に麻痺し始める。
妄想列島 -第一夜:初恋同級生-
同じ高校に通う葵と敦也は、塾も偶然同じだった。
同じ高校からその塾に通う生徒は多い。
葵は、次の冬休みから友人が通っていた塾へ自分も通うことにした。
塾へ通うには入塾テストがあるらしく、葵はテストを受けに塾に来ていた。
教室にはすでにたくさんの生徒が座っている。
葵の席の 後方から男子が塾の先生と話している声が聞こえてくる。
「この前は八代君が・・・バレーで・・・。」
「あー、そうなんすか・・・。」
割と近くの後ろの方の席の会話だと思うが、教室内は見知らぬ様々な高校の生徒たちが初対面でテストを受けに来ている場。
テスト前はひたすら静まりかえっており、後ろの方で話す二人も相当小声で話しているため会話は所々しか聞こえない。
しかし、葵は「八代君」「バレー」という言葉に反応した。
あれ?
葵は同じクラスにいる片思い中の川崎敦也のことを思い出す。
敦也は高校のバレー部に所属しており、同じクラスのバレー部に八代君もいる。
そういえば先日葵が塾に通うか迷っているとき、敦也も塾に通い始めると友人と話しているのを耳にした。 その友人と同じ塾に行くらしい、と。
その友人が行っている塾はここではなかったはず、というのが葵の認識だ。
まさかね。
後方かと思っていたが、気をつけてみると真後ろの席での会話だった。
聞こえてきてしまう会話は、やはり同じ学校のバレー部の話だ。
え?やっぱり本人じゃない?
でも違う塾に行くんじゃなかったの?
なんでこの塾に?
しかも川ちゃんが塾に行くって言ってたの、結構前だったのに。
しかもしかもまさかのすぐ後ろの席!?
あり得る!?
葵は本人が後ろにいるかもと緊張しながらそんなことを思っていた。
葵と敦也はクラスでも割と話をする方で、川ちゃん、黒とあだ名で呼び合うぐらいには仲がいい。
といってもお互いにそれほど特別な呼び方ではなくほとんどの友人が敦也のことを川ちゃんと呼ぶ。
異性同性問わず敦也と呼んでいる友人も少なくはない。
一方の葵の方も、名字の黒川から黒と呼ばれているが、友人のほぼ全員が黒と呼ぶ。
むしろあだ名で呼ばない方がおかしなぐらいだ。
会話の主が敦也本人かもとは思ったものの、ここで振り返って会話に混ざれば静まり返っている教室内ではかなり目立つ。
しかも違っていたらどうすればいいのか。
見知らぬ人たちの中でそれは避けたい性格の葵。
幸い向こうも葵に気づいてないようなので、こちらも気づいてないということにしてテストを受ける事に決めた。
すぐ真後ろに好きな人がいるかもしれないなんて、落ち着いてテストが受けられない!
いるはずないと思っていたのに真後ろにいるなんて!
え?これ何?
・・・う、運命じゃない?
同じ学校の生徒がその時どれだけいたかはわからないが、他校の生徒も多数通う超マンモス塾だ。
高校二年の冬期講習が始まるこのタイミングで塾に入ろうとする生徒はとても多い。
少なくとも入塾テストの同じ会場内に30-40人は生徒がいる。
その中に他に知っている人はいないだろう。 その中で好きな人が真後ろにいるなんてことがあるだろうか?
そもそも同じ日にテストを受けていること自体あるのだろうかと、葵は驚きだった。
しかし、一瞬浮かれたのもつかの間、後ろを気にしながらそわそわしながらテストを受けることになってしまった。
・・・声、かけちゃえば良かったな。
テストの一部が終了し休憩に入ろうというその瞬間。
「あれ?黒?」
と声をかけられる。
うわっ。気づかれた!
ていうかやっぱり本人だったんだ!
先ほど同様にまだ教室内が静まりかえっている中、元々かなり声が大きめの敦也に名前を大きな声で呼ばれてしまい、緊張マックスになった葵はとっさに今気づいたフリもできずなんとも微妙な顔で振り返ってしまった。
あ、やばい、明らかに気づいてましたって顔で振り向いちゃった。
気づいてたのに声かけなかったなんて、変に思うよね。
葵は微妙な顔のまま応える。
「川ちゃん。」
絶対教室中に聞こえると思うと、しかも二人だけで会話をするなんて、恥ずかしすぎて続けられない。
いつもなら友人数人が一緒なので普通に会話をできるが、今の葵はぺこりと会釈だけして前を向き直す。
うわー! 嫌がってるから声かけなかったと思われちゃうかな?
しかし今はテストを受けなければならない。
落ちるほどひどい成績ではないはずの葵だが、基準がわからないため、念のため気合いを入れつつテストに集中し直す。
テストが終了すると、先ほどの微妙な態度を反省し葵は敦也に声をかける。
「川ちゃん、ここの塾に通うんだ。」
「うん、そう。」
「この塾って川ちゃんの家の方にもなかったっけ?」
「あるけど神谷と同じとこ行こうと思って。」
神谷とは、敦也が塾の話をしていた友人だ。
「あ、そうだったんだ。受かるといいね、塾。じゃあ、お疲れ!」
そう言って葵はそそくさと敦也の前を後にした。
あー! 二人きりで会話するのとか初めてじゃない?
やばい!緊張しちゃう! ていうか超ラッキー!
・・・これから塾で会えたりするかなあ?
学校だけじゃなく塾でも会えたら嬉しいな。
予想外の嬉しすぎるハプニングに、葵は高揚感を持ったまま帰路についた。