あの敦也との夕飯から数ヶ月。 

葵と敦也は三年に進級した。


 あの後、ご飯を食べ終わってそのままおとなしく家路についた。 

本当はお茶でも誘おうと思ったが、もうすでにいつもより遅い時間だし、平日だったので遠慮した。 


あれからも時々塾で帰りが一緒になっては、ほんの10分程度の道のりを一緒に歩く。


 学校でも塾でも他愛のないことを友人たちも交えて話す機会はままあった。

 しかし、あの時のようにグッと距離が近づくようなことはなかった。 


葵はあの時のことを度々思い返した。



 あの時、川ちゃんに聞かれたときにはぐらかさなければ、今頃どうなってたかな。

 学校ではみんなもいるし、話せない日もある。

 塾だって絶対に話せるわけじゃない。 

それに塾のクラスが変わったらもう一緒に帰ったりすることもできなくなる・・・。



 葵はこの頃になるともう敦也のことを考えると苦しくさえなっていた。 



もっと話したい。

 もっと近づきたい。 

学校でだって毎日話したいし、塾にも一緒に行きたいよ。

 休みの日だって会いたい。

 もう、友達としてだけじゃなく、私だけ特別に見て欲しい。 

でも、気持ちを伝えて気まずくなったら・・・。 


どうしよう。

 この気持ち。

 ・・・どうしたらいい? 



二年から三年へは進級してもクラス替えがない。 

葵と敦也もクラスのみんなもメンバーが替わることはないが、この数ヶ月でみんな少し大人っぽくなった気がする。 

進路のことを話す時間が増えたし、彼氏彼女がいる友人が多くなってきた。 

葵にとってもただただ楽しかった高校二年生が終わり、受験や進学をリアルに意識する高校三年生がやってきたのだ。

 何をするにしてもあと1年足らずで敦也と今のように同じ学校の同じ教室で、同じ塾で当たり前に会うことはなくなるのだ。 もし塾のクラスが別になったら塾で会えることも少なくなる。

 今の敦也との関係である以上、わざわざお互いを待って帰ったり休日に二人で会ったりすることはない。



 今日塾で川ちゃんに会えるかな。

 気持ちを伝えたら、どうなるだろう?

 もしかしたら毎日一緒に二人で過ごす時間が増えるかもしれない。 

でももしかしたら話すこともできなくなるかもしれない。 

関係を変えたい、でも変えたくない。 



「はぁ。どうしよう。」


 葵はため息をつきながら塾へ向かった。


 「帰ろうぜー。」


 いつもの良く響く低い声で敦也は葵に声をかける。


 「うん。」


 いつものように他愛もない会話をしながらいつものように塾を後にする。



 他愛もない会話がこんなにフワフワした気持ちになるのは川ちゃんだけだな。 



いつもの塾からの帰り道の中、葵と敦也はいつものように以前一緒に夕飯を食べた定食屋の前を通り過ぎる。

 いつもの敦也の声。

 いつもの敦也の笑い方。

 多分きっと歩く速度を葵に合わせてゆっくりと隣を歩いていてくれているだろう敦也。



 今日も駅に着いたら、もう川ちゃんとの時間は終わりだ。



 そう思うと葵は何かが自分の中から溢れだしこらえることができなくなった。

 隣で話している敦也を見上げる。


 「・・・川ちゃん。川ちゃんが好き。」 


口から言葉がこぼれ出た直後、ハッと我に返る葵。 

自分で自分が驚いた顔をしているのがわかる。 



言っちゃった。



 何が自分をそうさせたのかはわからなかったが、もう抑えることができなかった。 


我に返った瞬間から手も足も震え出す。 


自然と足が止まった二人は、人が行き交う中不自然な場所で立ち止まっている。 


自分の思いが溢れてしまった葵は頭が混乱してどうしたらいいかわからずただ呆然としていた。 


「え?」


 敦也が口を開く。 


「え?E?絵?・・・ちょっと来て!」 


敦也は呆然とする葵の手首を掴み、ぐんぐん進んでいく。 


「ど、どこ行くの?川ちゃん。」


 呆然としつつも状況が飲み込めない葵は聞く。 


「ちょっと公園行こ。」 


春休み中、なんとなくみんなで集まったときに見つけたすぐ近くの公園に敦也は葵を引っ張っていく。



 公園は薄明るい街灯がついている。 

明るい街の裏手にある公園は、明るすぎる街の街灯から草木が空間を守るように薄暗く、静かだ。 

まだ散りきっていない葉桜が薄明るい街灯に照らされている。

 こんな時間の公園には人影もない。 


公園に着くと敦也は葵に聞く。 


「さっきの何?どういうこと?」


 歩いている間に少し落ち着いた葵。

 自分の気持ちをきちんと伝える覚悟を決める。


 「あの。さっきは急にごめん。言うつもりはなかったんだけど、なんか想いが込み上げてきちゃって。勝手に口から出てた。えへへ。」


 葵は照れ笑いをしながら答える。


 「川ちゃんのこと、好き。わかんないけどいつの間にか、すごい好きになってた。」


 「まじ・・・?」


 葵は敦也の表情を伺うがどういう気持ちか捉えることができない。


 不安げ気持ちで敦也の顔を見ることしかできない。


敦也が次に言葉を発するまでが何十分も経っているかのように心臓が激しく葵の胸を打つ。


 「・・・俺も。」


 そういう敦也の顔は照れたような笑顔だった。


 「・・・えっ?」


 「俺も黒のこと好き。」



 うわああああああ。



 葵はまた胸に想いが込み上げ涙が出てくる。

 何も答えることができないままうつむいている。


 「黒?」


 声をかけながら敦也は葵の顔をのぞき込む。 


「泣いてる?」 


「・・・だって。嬉しくて。」 


鼻をすすりながら葵は答える。


 泣きながら敦也のことを見上げる葵。


 「うん、オレも嬉しい。」


 敦也は葵の手を取って、ベンチの方へ歩いて行く。 


ベンチに座りながらも葵の手を握りしめている敦也。


 「大丈夫?」


 「うん。」


 言いながら葵はさらに涙流す。 


「なんでもっと泣くんだよー?」 


敦也は困り顔で葵の顔をのぞき込む。 


「だってえ。勝手に出てくるー。・・・ごめんー。」 


自分の感覚がおかしくなっているのを感じつつも葵は涙を止めることができない。


片手を敦也に握られているので左手だけで鞄からハンカチを取り出して葵は自分の顔に押し当てる。 

せっかく繋いでくれている手を今は自ら離したくはない。 



 何分ぐらい経っただろうか、葵は少し落ち着いてきて、敦也に声をかける。 


「ごめんね、泣いちゃって。」 


「全然いいよ、大丈夫?」



 あ・・・。 

『全然いいよ』



 葵は初めて敦也に話しかけたときのことを思い出す。 



そうだ、あの時。 

あの時はこんなに川ちゃんのこと好きなるって思わなかったなあ。

 それで、想いが通じるとも思わなかったしこんなに川ちゃんのことばっかり考えるようになるとも思わなかった。 

あの時の「全然いいよ」より、もっと優しくてもっともっと嬉しいな。 

これからは帰りだけじゃなく行きも一緒に塾に行けるかな。 

休みの日も会ったりできるかな。

 二人で過ごす時間をたくさん作っていけるといいな。 



葵は敦也の後ろで桜の花が名残惜しく舞散っていく姿を視界に捉えながら、自分の片思いが終わりを告げ新しい季節がやってくることを感じた。 



妄想列島 -第四夜:初恋同級生- 


 デートもして、告白もした。

何よりも想いを告げられた。

そうできた葵は、できなかった私より一つ自信がついたかしら。 


咲期の妄想は今夜も咲期自身の心を癒やす。


via 妄想列島
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