今でも自分がやって来たことはなんだったんだろうと思います。ただそれは、破滅へ加速しているのではなく、誰かの明日のために、整理をしておきたいのです。


もう、自分が嫌いだとはいいません。悔やんだり恥ずかしかったり。そんな感情を嫌いの一言で片付けることも。こうなるきっかけとなったのは、先生が真剣におっしゃった一言でした。その先生がやっぱり素敵で憧れることには変わりはありません。でもそうなれない自分に落ち込むということも、もうありません。この年になって今さらと思いますが、でも、出直します。
ありがとうございました。

この金曜日に、初めて子育てについてお母様がたにしゃべります。そんな私の記憶と経験とで、何かのきっかけになれたらと願って。
ということで、出稼ぎも遊びも自粛して、たまには真面目に仕事三昧です。
山場を目前にして、さすがに他のことを多少控えるようになっりました。ただ、返って余裕ができた分、あれこれと考える毎日。。。


前に申し上げたでしょうか。
いただいた(奪った?)お写真の先生が、時々厳しい表情をされるんです。もちろん写真が変わるわけもなく、心の持ちようなんですが。
このままじゃあかんと思いながら、つい逃げてしまう。そんな繰り返しの中、ふと気を引き締めなきゃなと思う瞬間です。


先生にお会いしていなかった数年は、本当にいろいろでした。体調を崩したり、結婚や転職も真剣に考えるほど。
それを私らしいとは思っていなかったから、今があるのですが、中途半端に投げ出していた分のツケもあります。やる気がある分だけ、一気に払ってしまえない現実に焦ります。それを、一つ一つ積み上げて行くのが、今やるべきことだなと覚悟して過ごすばかりです。
一人でやっていることのしんどさがあるとするのなら。甘やかすのも、立ち直るのも自分次第という厳しさはあるかもしれません。
いつまでもこんなことを言っていては、と思いますが、先生のお姿ががんばろうと思うきっかけになるなぁとお写真を見ながら改めて確かめた次第です。
ちゃんと、お写真、飾ってます(^_^)


ということで、明日はそんな合間にちょっと抜け出して行きたいなと思っています。
こうでなければならない。
この言葉は呪文です。
そうしたいことも、そうしたくないことも、すべて、自分の意思に関係なくやらされている。そんな気がして来ます。


そうでなければならないこととか、そうあるべきだということは確かにあります。
でも、人がそれをし始めるとき、自分の中で「そうしよう」とか「そうしたい」とちゃんと変換しておかなきゃいけないんだと最近やっと思うようになりました。

そう考えると、今まで子供たちに教えてきたことでは、なるほどたりないなぁと思います。先生の言われた「頑張るだけでいいのか?」という言葉が、とても身に染みます。

私はずっと、この呪文に、がんじがらめになってきました。
15歳の時に、はじめて評価されて、任されて。それからずっとそうでなければならないという呪文を自分にかけたままでした。
ずいぶんと長い眠り姫でしたね。

だけど
これで若い人たちに伝えてやれることが一つ増えたなと思います。
私が先生と呼ばれる仕事をしているからじゃなくて、それが大人に課せられたことです。
やるべきことだから、伝えていこうと思いますし、それを伝えられる人でありたいなと思います。
いつごろから始まったのか、職場体験というのが中学校では当たり前になってきました。
ただ、少しでも預かってくれる企業を見つけるのが大変だと聞いています。

よく考えたら、たった二日しかこない中学生に何をさせるか、何をさせていいか。
受け入れる側にも何のノウハウもない中で、預かれというのも難しいのかもしれません。
インターンシップでさえ、企業によっては???という内容のものも聞きます。

実は先日、近所のホームセンターで、職場体験中の生徒を見ました。
ペットコーナーで暇そうに座っている生徒と、犬をじっと眺めている生徒。
周りには職員はいません。
そして客に、じっと眺められる。
これが彼らの職場体験なのかと思いました。
そして、そのホームセンター。
レジの職員のお仕事も大変雑なものでした。

これでも、終わったらお礼を言わされて、感想文を書かされて。
働くってこんなものなんだと思って終わるのでしょうか。
先生方はこんな現実を知っているのでしょうか。

こんな中で育った中学生が、
大人にあれこれと責められるのはかわいそうだなと思いました。


職業体験なんて、もちろん私たちの頃にはなかったことですし、面白そうだなと思います。
もうちょっとそれに関わる人が連携して、いい経験になる方法を考えられたらいいのになと思って眺めるしかありませんでした。


私は、出稼ぎ先に朝から来る中学生に怒り。
登校時間ぎりぎりに来る学生に「こちらで?」ときく店の人間に怒り。
怒ることが私の役割みたいになっています。。。
あんまり面白くない仕事ですね。







いいよいよ入試シーズンに突入して。
どこかでうまく行っていると思いたかったけれど、やはり基盤のしっかりしていないものは厳しいなと実感しているところです。最初からわかっていてお預かりしたことなので、今できる最善を尽くすことに必死です。

こういうとき。
ふと思い出すのは、私が迷っていた頃に、大台ケ原山に住んでいるおばさんに言われた一言です。
「先生があきらめることはいつでもできるからね。」
がんばれとか、あきらめるなではなく、そう言われたことは、その当時の自分の折れそうな気持ちを思いとどまらせるのに十分でしたし、今でもよく振り返ります。
先生が、大人が投げ出しちゃだめだ。静かに強く、励まされた気がしました。
私たちは子どもたちに伝えることがあるから、この居場所をあたえられているのですから。
語る場があるというのは、本当にありがたいことですね。

ここまで来たら、彼らももうやるしかありません。
うちの甘えた男たちがどこまでやれるのか。春先に胸を張って先生にご報告できるのか。
まあ、楽しみにしてやってください。


さて、中学入試が終わられたころだと思います。お疲れ様でございました。
先生が今、どのようなご心境でいらっしゃるだろうとつかの間の青い空を見ながら思いました。
この空を見上げておられるだろうかと。
そうしたら、お電話をしてみたくなったというわけです。
私の得意技の余計なおせっかいでした。
もう一段落。
どうぞ、先生方にとっても楽しみな春となりますように、心よりお祈りしております。
うちにも春を前に、お嬢さん方が数名いらっしゃいました。
どうやらやっと、遊びに行く。という立場からは昇格できそうです。

冬来たりなば、春遠からじとは申しますがなんとも遠い気がするものです。
そういいながら、きっといつの間にか過ぎ去っていく春を眺めていたりするのは、年のせいかななどと思ったりしています。