朝のラッシュ
満員電車から吐き出された人の波が
それぞれの目的地に向け、無秩序な奔流をつくる
許容量を超えた過密さの中
皆、沈黙の中に静かな殺気を漂わせつつ足を急がせる
静かに立ち上る殺気は、さして広くない駅構内に
ゆっくりと充満し、やがて、なにかの拍子で炸裂しそうな
いびつな緊張感を生む
交差する人とひと
早めた足先が、目の前を斜めに横切ったオッサンの靴を削る
「すみません・・」
相手が無理やり横切ったのが原因なのだが、一般常識として頭を下げる
ながらスマホのオッサン、関わる時間ももったいないとばかりに
「チっ」と舌打ちひとつ残し通り過ぎる
ありがちな日常のひとこま、いつもの風景
だけど、充満した緊張感の中、体内の殺気が呼応し
溢れんばかりに満ちてくる
「引き返して、文句言ってやろうか・・」
そう思った矢先、
すぐ背後で、突然オッサンがオッサンに殴りかかった
「てめぇ、人の靴踏んどいて「すんません」だけかぁ~!」
殴ったオッサンは、さっきの「チっ」のやつ
殴られたオッサンは、なんとなく俺と背格好が似たやつ
(そっか、さっきのヤツが俺と間違えて、違うヤツに殴りかかったんだ)
とっさに、そう思い至った
何といっても、まわりは似たようなスーツのオッサンばかり
背格好が似ていれば、人違いも起きよう
にしても、このオッサン、自分の強引さを棚にあげて一方的に殴りかかるとは・・
溜まりに溜まっていた殺気が、一気に限界点を越えた
「踏んだのは俺だ、このヤロー!」
オッサンを殴り付けたオッサンに、別のオッサン(俺)が殴りかかる
すると背後から、「貴様かぁ~!!」
本物の、さっきの「チっ」やろうが殴りかかってきた
振り回したカバンが他の通行人にあたり
無関係の人間も交えて、たちまち乱闘の渦が巻き起こる
右のオッサンを殴ったら、左のオッサンに蹴りを入れられ
反撃のパンチが空をきったと思ったら、
その向こうのオッサンの顔面に綺麗にヒットする
殴り殴られ、蹴り蹴られ
遠巻きの、「いかにも」な顔のク●やろーが、スマホをこちらに向ける
「撮ってんじゃねぇ~」
気付いた別のオッサンが、見事なコントロールで
飲みかけのペットボトルを投げつける
矢のように飛んだペットボトルが、ヤジ馬野郎の顔面にヒットし
飛び散ったお茶が、横を通ったおねーさまの服を濡らす
「何すんだよテメェ!」
ブチ切れたおねーさまの「パンツ丸出しハイキック」が
ヤジ馬野郎にトドメを刺す
正面でみていた爺さん、思わずニヤけたところを
連れの婆さんの「積年の恨み往復ビンタ」がさく裂する
重傷者が出ないのが不思議なくらいの大乱闘
果てることなく続くかと思われた矢先
場違いな長閑な声で構内放送が流れる
「皆さ~ん、遅刻しますよ~、お時間、大丈夫ですか~」
聞いた瞬間、皆一斉に我に帰り
今までの喧騒が嘘だったかのような、
いつもと変わらぬ日常の時間が流れ始める
青たんや擦りキズを気にしつつ、足早に目的地に向かう人の流れ
まるで、さっきまでの時間が「すぽっ」と抜け落ちてしまったかのよう
ただ、誰の忘れものか
現場に残された、入れ歯とパンツとペットボトルだけを
わずかな残滓として・・
そう・・現実と妄想のはざまで・・