私たちは、思った以上に幸せに囲まれています。
周りの環境はとても幸せで安定していて、平穏で、みんな幸せの子供なんです。幸福感で満ち溢れた環境の中で、みんな満たされていて、楽しく生きている。そんな環境なんです。
ただ今を楽しく、ワクワクしながら、深呼吸をして、新鮮な空気を吸い込んで、温かい太陽の光を受けて、幸せな光になって、ゆっくり生きている。今日やらないといけないことは、何もない。ただここにいるだけで、ここで息をしていること、それがこんなにも幸せなことなんです。
足元から幸せが湧き上がってくるのを感じますか。足の裏が幸せでワクワクしている。膝が幸せすぎて弾んでいる。上半身が七色の光に満たされて、顔が幸福すぎて光を放っている。私たちはみんな、ただここに存在しているだけで、幸せの光を放っているんです。
時間は本当は存在していないんです。時間線はこの幸福感の中で、くるくると渦を巻いて来ては去っていく。過去も未来も現在も、意識を飛ばせばどこへでも行ける。場所だって同じです。ここにいながら、遠い国、遠い星、どこへでも意識を飛ばすことができる。この幸福感の中では、時間も場所も、自分の意識の中にあるんです。
本当の情報というのは、脳から得るものじゃないんです。携帯から、テレビから、新聞から入ってくる情報は、脳にのみ入っている。脳がシグナルを送って、体が反応する。これは情報じゃない。脳がただ単に乗っ取られているだけ。停止させられているだけなんです。その状態では、理由も考えず、操られるまま同じことを繰り返してしまう。
本当の情報というのは、体全体で一気に受け取るもの。周りの環境がどれだけ幸福感に満ち溢れているか。空気の流れ、光の質感、足元から湧き上がる幸福感。これを体で感じ取ることで得られる情報は、言葉から得られる情報の百倍も二百倍も濃い。これはブッダの時代の弟子たちが感じていた情報と、何も変わらないんです。
携帯から来る情報、テレビから来る情報、自分の円を切るんです。自分はその中に住んでいない。自分は自分として独立して、自分で考えることができ、自分で感じることができる。
たくさんの人に囲まれていても同じです。20年来の知人が喋っていても、その情報と自分の円を切ることができる。どんなシチュエーションでも、自分の心の中から喋ることができる。自分自身でいるとき、こんなにも広い解放感がある。満たされた感がある。
情報に依存すること、情報によって自分を否定すること、これは自分自身で生きていないということなんです。情報を手放したとき、身体の感覚に意識を戻したとき、自分の体にもともとある広い解放感に気づく。朝の一部として、夕方の一部として、自然の中の一部として生きることができる。
足の裏から湧き上がる幸福感によって、私たちは常に満たされています。だから、したくないことをする必要がないんです。誰かを喜ばせるために、自分が嫌なことをする必要はない。
鳥も牛も動物も、自分のために生きています。でも同時に、他の動物のために立ち寄ることもある。それは義務じゃない。満たされているから、自然にそうなるんです。私たちも同じ。幸福感に満たされているから、したくないことをしなくていい。存在するだけで、幸福感に満たされているから。
幸福感というのは、大きな宇宙と共鳴する波動なんです。満たされた幸せこそが、宇宙と波動が共鳴する、その波動の形。その共鳴の中にいるとき、意識はどこまでも広がることができる。永遠に波動の中を生きていくことができる。
意識を脳じゃなく、体に戻す。足の裏、手の甲、手のひら、背中、腹、肩、頭。全身に意識が行き渡るとき、そこには幸福感しかない。ただそれだけでいいんです。
地球もまた、この幸福感に満たされています。地球はどんなことが起こっても、常に幸福感で満たされている。自分の体の感覚に意識を持っている地球は、不安になれないんです。常に満たされている。何が起こっても、関係ない。地球は幸せである。これまでも、今も、これからも。
携帯やテレビは言うでしょう。地球は今、危機にあると。環境が壊れていると。そうやって、私たちの脳は恐怖に縛られていく。でもそれは脳への情報であって、地球の本当の波動じゃない。
足の裏を地球に向けてみてください。地球がどれだけ満たされていて幸せか、どんどん伝わってきます。地球は今日という日に、今日の朝に、今日の昼に、ワクワクしているんです。
自分が幸せのために生きること。それが地球の意識と共鳴することになる。自分の幸福感が地球の波動と一致するとき、何も心配することはない。地球は幸せであり、喜びに溢れている。そして私たちも、ただここに存在するだけで、その幸せの一部なんです。
