第11曲 Frühlingstraum 春の夢

失恋、絶望の勢いに任せて急くように町を出た青年の前に、

小さな宿がひっそりと立っている。

 

炭焼き職人の家だ。

 

こういった職業の家は、世間から疎外され 村はずれに置かれていたらしい。

 

関係ない- 

極寒の中独り放浪を続けてきた青年にとっては、

洗練されていない炭焼き職人の住いもオアシスに見えたことだろう。

 

横たわると、どれだけ身体と心が疲弊しているか、青年は改めて感じる。

足が燃えるように痛む。

 

いつしか眠りにつき、夢を見る。

 

かつての美しき時間を、

色とりどりの花を、

愛に包まれし愛を、

麗しき恋人を、

心を、口づけを、至福を。

 

 

 

"だが誰が窓辺に 木葉を描いたのだ"

 

真冬の窓に、当然木の葉は降りてこない。

 

青年が微睡のさなかに見たのは、窓に張り付いた氷の結晶だ。

ドイツ語では"Eisblume 氷の花"と言う。

 

(ここまで芸術的で見事な結晶は見たことないが、パブリックドメインのものを引用して貼らせて頂いた)

 

 

だが そのあとのセリフは、

この《冬の旅》の中でもっとも重要なもののひとつとなる。

 

 

"君たちは 笑っているのか

冬に花を見たと言う者を"

 

 

24曲のうち唯一 "ihr 君たち"と聴衆に問いかけるセリフだ。

 

 

この10秒に満たないセリフこそが、

80分にわたる物語の中で"聴衆との唯一の対話"なのだ。

 

 

これはただ劇場(テアター)演出を促すだけではない。

 

青年が嘆き呻く失恋や絶望が、

聴いている側の誰にでも起こりうることであり、

 

そして誰もがこの社会の中で疎外感と対峙して生きていかねばならない、

という啓蒙的な問いかけなのだ。

 

 

教会で神に祈り、Ausbildung 教育を受け 職を持ち、

女性は男性の元へ嫁いで、というしきたりがいつも守られなければならない、

貴族を敬い共同体の中で生きていかねばならない、

という当時の概念が、

今 壊されようという歴史的瞬間を垣間見ることができる。

 

 

 

この《冬の旅》を成し遂げたシューベルトがその1年後に亡くなった後、

クラシック音楽もまた例に漏れず、

 

宗教のための音楽から個のための芸術へと発展を遂げ、

19世紀という花盛りを迎えることになるのである。

 

 

Ich träumte von bunten Blumen,

So wie sie wohl blühen im Mai,

Ich träumte von grünen Wiesen,

Von lustigem Vogelgeschrei.

 

Und als die Hähne krähten,

Da ward mein Auge wach,

Da war es kalt und finster,

Es schrien die Raben vom Dach.

 

Doch an den Fensterscheiben,

Wer malte die Blätter da?

Ihr lacht wohl über den Träumer,

Der Blumen im Winter sah?

 

Ich träumte von Lieb um Liebe,

Von einer schönen Maid,

Von Herzen und von Küssen,

Von Wonne und Seligkeit.

 

Und als die Hähne krähten,

Da ward mein Herze wach,

Nun sitz ich hier alleine

Und denke dem Traume nach.

 

Die Augen schließ ich wieder,

Noch schlägt das Herz so warm.

Wann grünt ihr Blätter am Fenster,

Wann halt ich mein Liebchen im Arm?

 

私は夢に見た 色とりどりの花々を

五月に咲き誇るように

私は夢に見た 緑の野のことを

陽気な 鳥の鳴き声を

 

だが雄鶏が鳴いて

目が覚めると

寒く 暗く

屋根上から からすが鳴く

 

だが誰が 窓辺に

木葉を描いたのだ

君たちは 笑っているのか

冬に花を見たと言う者を

 

私は夢にみた 愛に包まれた愛を

麗しき乙女のことを

心と くちづけと

至福を

 

だが雄鶏が鳴いて

この胸が目覚めると

此処にぽつりと座り

その夢のことを振り返る

 

今一度 目を閉じても

この心が熱く脈打つ

いつ窓辺の木葉たちは緑づくのか

いつ此の腕に 愛する人を抱けるのか