つげにどっぷり嵌った20代前半、夫とふたりその劇画を読み漁った!
つげが3月に亡くなって、その長い沈黙の余生を思うと、「ああ、終わったんだ、お疲れさまでした」
という思いだった。
70年代後半の文庫ブームがあり、こんな雑誌や本に慰められていた日々があった。
特に、精神的に低飛空だった子育て期に、つげの日記は、癒しを与えてくれた。
長い時間が流れて、私はいつの間にか、矢面に立つようなことばかりするようになっていた。
売れない同人雑誌の編集と言った地味なことであっても、外にいる、あるいは中にいたはずの人たちが
「7人の敵」となって襲い掛かってくる。
慣れない、戦いを続けているうちに、すれっからしになったようだ。
活動が広がって、歌関係でも、いろんな場面で、いろんなことが起こってきても、どんな人と遭遇しても、
「どうにかなる!」という、外向きの肝だけが大きくなっていた。
実際の私は、メンタル弱め、神経質で、文句言い! 誰かに聞いて欲しいタイプだったのに。
いや、昨日見つけたこの本を再読して、またなんだか、癒されている自分がいた。
面白いのだ。ささいな日常や、小さな躓き、膨れあがる不安。
つげが書き綴る、人の弱さのなかにある真実が、面白い。
劇画がNHKでドラマ化されたり、大手出版社から、次々に文庫の話が舞い込んでいた。
「ねじ式」で過大評価されたような、風潮が続いていて、「つげ」は劇画界では神様のような
存在だったと思う。
しかし、本人は、妻と生まれたばかりの息子と6畳1間のアパートで、息子の授乳や夜泣きに、オロオロする日々。
出産から、妻の癌発覚で、神経症も発症してしまう。
どんどん仕事が来ても、だれとも会いたくないのだった。
左の「ポエム」では「つげ義春特集」をしていて、
「日記」ではその「すばる書房」の編集者の正津氏から、仕事を頼まれたいきさつや、旅の取材など、本当は断りたかったのに、引き受けたいきさつなど、書かれていて面白かった。
何故取材旅行が嫌かと言えば「家を離れるのが不安、子どもと離れたくない」というもの。
で、なんか可笑しい。
この当時、作家の島尾敏雄もつげの作品にシンパシーを感じて、書評で紹介する、
つげに、電話してくるなどの動きもあった。「死の棘」も贈呈されている。
つげは、ただ恐縮して、おろおろしていたようだ。
とにかく懐かしい、良いものに再会しました。
