川崎市の事件で、今日は胸が塞がれる思いでした。
ちょうど孫たちの年頃だし、亡くなった男性も息子と同じ歳ごろで、おまけにお名前まで類似していまして。
何故、何の罪も落ち度もない人の命が奪われるのか。亡くなった女の子にも未来があったはず。
怪我をしたお子さんたちにしても、恐怖や痛みは消えないだろうし、目近で事件が起きた恐怖に戦いている子もいるだろう。
何故、そんなことを、という疑問は犯人でしかわからないけど、
被害者にはなんの落ち度もないし、悪いのはこの犯人の男なのだが、格差という言葉がチラついてしまう。
最近は電車でも人身事故が、すごく多い。
交通事故も多くて、横断歩道でも安心できない。
社会の歪みが、いろんな事件を引き起こしているようにも思うのだ。
貧困家庭や、母子家庭や、望まない妊娠や、安定した職につけない状態や。
連れ子の虐待、若い義父による虐待の問題は、法律を改正するとか、そういうことでは
解決しないだろう。
皆が、不安なのだ。この先、安心して歳を重ね、家庭を持って、やっていけるのか。
貧困家庭に育って学歴もない女性が、一人で子どもを抱えて生きていけるような、そんな社会ではないのだ。
メンタルを病んだりしたら、もっと大変である。
失敗を許さない、なにかあると、寄ってたかってバッシングしようとするような、寛容さとは
ほど遠い、社会、世間で、落ちこぼれたら最後、這いあがることもできないのだ。
ほんの一筋の光さえ差し込まない、そんな所で喘いでいる人たちは大勢いるに違いない。
弱者は切り捨てていく、という今の政治に問題はあると思う。
失言問題で職を追われたはずの女性の前大臣は
『国民は、国のために役立たないといけない」と言っていたらしい。
それは「LDBTには生産性がない」という発言に通じるわけで、
あとは死ぬだけの役立たずの年寄りからは、年金を巻き上げて減らし続け、生活出来ないなら「自分の責任」と
切り捨てるわけである。
行き詰っているなー。今の日本。このままではどうなるんだろう、とずっと思っています。
あまりにも凄惨な事件なので、つたない思考を巡らせてしまいました。