あーちゃんのオペラ日記



地震翌日に数時間だけ水が出たのですが

トイレの水を流し

お風呂にお湯を張り、あーちゃんをお風呂に入れて

バケツや容器に水をため込んで

あーちゃんの哺乳瓶をしっかり洗って消毒し

オペラさんの飲み水を交換したあたりで

再び断水

そう、時間との戦いです。


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翌々日。地震から4日目にまたも水が復活。

前と同じようなスケジュールで

お水を利用し、

今度は洗濯機も1回まわして

そこで再び断水

なぜこんなに断続的なのか

マンションの貯水タンクをときどき開栓しているだけなのか

なんともわけがわからないのですが

とにかく水が出ている間に

できることをこなします。


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そして今日

お水は完全に復旧したようです。

またいつ断水になるか

不安が消えないので

お風呂やバケツには常にお水を張っていますが

ガス→電気→水道

の順で地震後5日目にしてライフライン完全復旧しました。

水道を供給するのに電気を使用するので

電気の復旧ができないと

水も復旧しないそう。




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東北地方の被害状況に比べたら

茨城の被害は小さいかもしれません。

ほとんど報道にも出ていません。

実際のところはいまだライフラインの復旧が果たせず

避難所生活を余儀なくされている方々も多いです。

ガソリンや水不足は深刻です。

あーちゃんのように小さな子の紙おむつ、ミルクも店頭から消えつつあります。



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無駄にできないのです。

あーちゃんの紙オムツは「10時間吸収♪」をうたう

なかなかのスグレモノなので

頑張って1枚を長く使うことを心がけます。

あーちゃんが鈍感なのか

オムツが良すぎるのか

あーちゃんはオムツが濡れても泣きわめくことはほとんどありません。

オムツかぶれしにくい季節でもありますし

ささいなことですが

あーちゃんにも頑張ってもらっています。

ミルクはあーちゃんの唯一のごはん、

我慢させるわけにはいきませんが

必要以上の買いだめをするよりも

少しでも深刻な被災地の赤ちゃんのもとへ届いてほしいと思います。



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冷え症のママではありますが

昼間はエアコンを切って

洋服をいっぱい着こんでいます。

電気もマメに消します。


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オペラ家

日常を取り戻しつつありますが

その日常はいままでとまったく違ってみえます。

いまだ身近にも遠くにもいる

被災者の方々のために

できることから始めてみます。



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そう、すぐにできることから

がんばってみようか。




大嫌いなシャンプーが

しばらくお預けになりそうで嬉しいオペラさんは

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2010年2月。

いまからおよそ1年前

オペラさんとママふたりきりで出かけた

大洗の海です。



広い浜辺。


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遠浅の海。


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波と追いかけっこをしたり。


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地球の裏側を目指したり。


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ママとオペラさんの

二人きりの海のつもりだったけれど

このときママのお腹には

豆粒あーちゃんがいたんでした。




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大洗町には

3月11日の地震で

約4メートルの津波が襲いました。



この浜の向こうに

私の兄の家と祖母の家があるのですが

広い浜辺のおかげで津波の被害は免れました。



大洗町でも浜辺の距離が短い地域では

津波が直撃しました。




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オペラさんの大好きな浜辺。

またママとオペラさんとあーちゃん

女3人で来られるかな。






被災地域の方々が

心の支えを得られますように。


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心からお祈りいたします。

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(↑オペラ家マンション隣、壁が崩れたビル)


たしかあのとき私は成人式には出席しなかった

そういう20歳でしたけれど

阪神大震災のあの場におりました。




東京ですっかり冬休みモードの大学生だった私。

あのとき

大阪に暖房の切れた宿を確保して

震災後の神戸に立っていました。




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(↑最初に困るトイレ。簡易トイレを配給受けました)


本当に若かったとしか言いようがない

私は初めてボランティアとなりました。


がれきの山から

笛や太鼓の音が聞こえて

踊っているひとたち。

暗くなる気持ちを鼓舞するかのように

踊る姿。



温水プールをお風呂として開放しているから

溺れたりすることがないように監視員をしてくれ

まず私に課せられたこと。

25メートルプールに張られた暖かいお湯に

「私はプールに入るのは初めて」と

にっこりしたおばあさん。

地震後初めての入浴だったとか。

「ありがとうありがとう」

こんな私にそう繰り返していました。




あの当時の記録をなぜ残しておかなかったのか

今となっては記憶も断片的です。




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私にはいま、不便ながらもいつもの風景があります。

そこに絶望はありません。



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被災地域では

長い長い復興の日々がもう始まっているのかもしれません。

テレビには映らない大きな苦しみがそこにあります。



生きているだけで、という喜びが

いつのまにか絶望へと変わっていく。

絶望は人を追い詰めます。



どうか被災地のみなさんに

生きる希望を。糧を。





地震に際しましてたくさんのコメントをいただき

本当にありがとうございました。

コメント返しが遅れておりますが

みなさまのメッセージ、本当にうれしく拝見しております。



震災に遭われた方々のご無事を

心からお祈りしています。



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「おたんこなすようび」じゃなくて

おたんじょうび


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震災の復旧が進む中

本日おたんこなすオペラさんは3歳を迎えました。

オペラさん

怪我もなくこの日を迎えられて

本当に良かった。おめでとう。



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昨日一時的に水道が復旧したものの

また数時間で断水。

現在も続いております。

でも我が家の被害は本当に微々たるもの。

あーちゃんのミルクにも今のところ困ることはありません。




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(↑電気が来ないとき、とっても寒い中でニタ~っ)



オペラママの兄家族

4mの津波に襲われた大洗町に住んでおります。

地震直後水戸へ避難。家族全員無事でした。



そしてオペラママの祖母、叔父叔母。

やはり大洗町に。

現在も連絡がとれない状態です。



どうやら

兄家族の家も祖母家族の家も津波による被害は免れたようです。

祖母たち無事だと思います。




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私も兄や祖母たちの応援に向かおうと

多少の水など荷物をまとめたものの

我がマンションの(因縁の)立体駐車場。

電気の復旧した今も安全確認ができてないとかで

車を出せず。

ああ、目の前に車があるのに。




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災害の真っただ中にあるひとたちには

情報が伝わらないものです。

それが不安や苦しみを増大させます。




どうかいま苦しむひとたちに

安堵を。






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オペラさんとあーちゃんとママ

いつものように

のんびりお部屋で過ごす1日のはずでした。



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当日の朝

県外に住む旧友から突然連絡があり

「そちらに帰省するから午後にでも会わない?

あーちゃんがいて遠出もたいへんだろうから、近所まで行くよ」

という友人の言葉。



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午後2時半。オペラさんに

「ちょっとだけお留守番をお願いね」と

私はあーちゃんを抱っこ紐に抱えてマンションを出ました。

いつものあーちゃんとのお散歩の間

オペラさんにお願いするお留守番と変わらない気持ちでした。


自宅マンションから歩いて10分ほど。

駅前ビル10階のファミレス。


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あーちゃんとの初めてのファミレスと

久しぶりの旧友との再会に私はウキウキしていました。

案内された席についたとたん

襲われました。



あーちゃんは抱っこ紐で抱えたまま。

私たちのテーブルには何も乗っていませんでしたが

他のテーブルのグラスが粉々になって飛んできました。

椅子に座っていることもできませんでした。



あーちゃんの身体を

私の身体の下に押し入れて

テーブルの下にもぐり込みました。

テーブルの脚にしがみついて。

とても長く感じました。



揺れがおさまったとたん

我先にお店を飛び出していく人たちが目に入りました。

私はあーちゃんの頭をガシッとおさえたまま

しばし呆然としていました。



非常階段を10階から1階まで。

途中で出会った20歳そこそこの男の子が

あーちゃんのオムツやミルクをいれた大きめのバッグを

す~っと手にとって一緒に降りてくれました。

そしておそらく10代の女の子が

「寒いから使ってください」と

自分の上着をあーちゃんに差し出してくれました。



すぐにオペラ家マンションを目指しました。

道は陥没したり盛り上がったり。

ほんの10分の道のりなのに長くて長くて

「オペラ、オペラ・・・」

涙が出てきました。



マンションの玄関を開けて

いつもならリビングのドアのガラスから覗いて尻尾を振る

オペラさん。

出てこない。姿が見えない。

「オペラ~!!!」玄関から二度叫んでみると




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オペラさんは嬉しそうに

覗いてくれました。



同行してくれていた旧友が

「余震が続いてるからマンションを出よう」と。

オペラさんを連れてマンション前の公園に避難。

オペラさんを桜の木にくくりつけたとたん

落ちていた小枝を美味しそうに齧り始め

それを見て私は初めて「助かった」と思いました。

パパからのメールも同時に確認できました。




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オペラさんにお留守番させてしまった、

私がオペラさんにお留守番を頼んでしまった。

重いテレビやテーブルが倒れこんでしまったら。




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暗くなってくるころ

余震がずいぶんおさまってきたので

マンションの部屋に戻ることに。

家族と連絡の取れた旧友も

どうにか帰路につくことができました。




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ストックの水があり

幸いガスだけは早めに復旧したので

あーちゃんはミルクをたっぷり飲んで眠りました。




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余震が来るたびに緊張した顔で身体を寄せてくるオペラさん。

本当に申し訳ない気持ちで

真っ暗な部屋で

「大丈夫だよ大丈夫だよ」と

ぎゅっと抱きしめることを繰り返しました。




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パパが会社から歩いて帰宅したのが

午後10時くらいだったでしょうか。

オペラさんは嬉しそうにお迎え。





ママはオペラさんにもしものことがあったら

どうやって立ち直ったらいいかわからない。

オペラさん

どんな事情であれ

あのときあの場に一緒にいてやれなかったこと。

オペラさんをあーちゃんと同じくらい抱きしめて

地震から守ってやれなかったことを

本当に後悔しています。

オペラさんが見えない大きな傷を負っているのだとしたら。

オペラさんの恐怖はママの恐怖よりどれだけ大きかったか。



ライフラインが今日の夕方、復旧しました。

そして初めてテレビを見て

被害の大きさを知りました。



今の私には言葉がありません。