(↑オペラ家マンション隣、壁が崩れたビル)
たしかあのとき私は成人式には出席しなかった
そういう20歳でしたけれど
阪神大震災のあの場におりました。
東京ですっかり冬休みモードの大学生だった私。
あのとき
大阪に暖房の切れた宿を確保して
震災後の神戸に立っていました。
本当に若かったとしか言いようがない
私は初めてボランティアとなりました。
がれきの山から
笛や太鼓の音が聞こえて
踊っているひとたち。
暗くなる気持ちを鼓舞するかのように
踊る姿。
温水プールをお風呂として開放しているから
溺れたりすることがないように監視員をしてくれ
まず私に課せられたこと。
25メートルプールに張られた暖かいお湯に
「私はプールに入るのは初めて」と
にっこりしたおばあさん。
地震後初めての入浴だったとか。
「ありがとうありがとう」
こんな私にそう繰り返していました。
あの当時の記録をなぜ残しておかなかったのか
今となっては記憶も断片的です。
私にはいま、不便ながらもいつもの風景があります。
そこに絶望はありません。
被災地域では
長い長い復興の日々がもう始まっているのかもしれません。
テレビには映らない大きな苦しみがそこにあります。
生きているだけで、という喜びが
いつのまにか絶望へと変わっていく。
絶望は人を追い詰めます。
どうか被災地のみなさんに
生きる希望を。糧を。



