未知の領域に踏み出す。

助けてくれる人は誰もいない。

唯一の頼りは、なけなしのお金だけ。


なんと寂しい。

なんと心細い。


道に迷って朽ち果てるかも。

それも結構な可能性で。


それでも進むしか手段が無い。

後ろは断崖絶壁。

つまり前も後ろもイバラの道。


さあどうする。

こんな時どうする。


進みたくも戻りたくも無い。

周りを見渡してみても、抜け道、裏道、逃げ道はとんと見つからない。


光はどこに?

どこからか漏れてきているような気はするのだが。

もしかして私は目をつぶっているのだろうか?


とりあえず進まないと。

留まる事さえ許してくれない非常な人生。


新しい事に向き合うという作業は疲れるものです。



まず頭も体も十分適応できていない事による心身の消耗が挙げられます。

当然うまく行きません。

焦ります。

イライラします。

何の事だかさっぱり分かりません。

何が正解で、どこが適正なのか。



暫らくすると次に襲ってくるのが不安感です。

自分の能力不足を自覚し、他人が凄く見えてきます。

不安になります。

能力だけではなく、精神的にもダメ人間だと思うようになります。



そしてついには茫然自失となります。

世界から取り残されます。

光が消えます。

寂しくなります。



でも……しかし……、

そんな自分を慰められるのは自分だけです。

励ましてあげられるのも自分だけです。

傷つけずに説教できるのも自分だけです。

理解してあげられるのも自分だけです。

信じてあげられるのも自分だけなのです。



人生の最後の一瞬に至るまで、自分の最良のパートナーは自分なのではないでしょうか。

多かれ少なかれ誰にでもある自尊心。

ある意味人としての尊厳であり、個性の根幹を成すものだと思います。

常に自分の味方であり、自己成長の大きな原動力としても寄与しているのです。

しかし、時として非常に厄介な障壁となって立ちふさがる事もあるのです。



自尊心に見合った能力を有する人ならば問題ないでしょう。

でも身の丈に見合っていない自尊心を持つ人の場合はどうでしょうか?



周囲にうまく同化できず、かといって独力で何とかできるほどの能力も無い。

悩みます。

常に葛藤の中に置かれます。



そしてもがき苦しんだ挙句、自らその育ちすぎた自尊心を強引にねじ伏せるか、外に飛び出して更に深みにはまっていくか、そのどちらかを選択することになります。

自尊心とは、幼い頃置かれていた環境や教育に多大な影響を受けて確立していくものなので、もはや自分ではどうする事も出来ない場合が多いのです。


無ければ浅く貧しい人生を送る事になるのですが、有りすぎても結果は同じようです。


自尊心の成長が能力の成長に見合った育ち方をするのが望ましいのですが、中々そんなにうまくはいきません。


今朝の散歩の途中、心のバランス、平穏、つくづく重要だなと思いました。