何かに悩んでいるとき、何かに怯えているとき、人はその気持ちに囚われ抜け出せずにもがき苦しみます。

解決しないと。

次のステップに進まないと。

このままではマズイ。

こんな感じでグルグルグルグル回り続けます。



一旦切らないとダメなんですよね。

気持ちを切り替えて、頭に新鮮な空気を取り入れ、心を空っぽにして、まずは心身ともに身軽にならないと。


分かってはいるんですが、自分の意思は中々意のままには扱えません。

そのうち自分をコントロール出来ない自分に嫌気が差してきたりして、気が付くと利息を背負い込んだまま回り続けていたりします。


こんな時は碌なアイデアは出てきませんし、思考も行動も重く重く沈んでいきます。

いい事なんて1つも無いのですが、止める事が出来ないのです。


こんなとき私は、一旦自分を俯瞰して見てみようと思いました。

広大な時間の流れ、社会に対する存在のスケール、その他大勢の中のちっぽけな自分。


このようなレベルで自分を捉えると、「ちょっと休憩」って自然に思いやすくなります。


長距離の場合、ひたすら走り続けるよりも、小刻みに休憩を入れながら走る方が結果的には速いのです。

新しいエネルギーを入れられるように
「一旦中身を空っぽにしてみるのもいいかも」
と思えるようになれればと思います。



物事を始めるという行為は想像以上にエネルギーを要します。

それが馴染みの無いものなら特に。

得意でなければ更に。


遊びなら飽きれば放棄すればいいのでしょう。

でもそれが生きる糧だったとしたらどうでしょう?

簡単に逃げ出すわけにはいきません。


一旦そのような状況に置かれると、プレッシャー、焦り、そして無力感のループによりやがてエネルギーが枯渇してしまいます。


しかし大抵の物事は一年もやり続けているとそれなりに形になり、必要最小限のエネルギーで運用できるようになります。

そこに行き着くまでに、いかに有限のエネルギーを使い果たさないように継続できるかが鍵になるのです。


いわゆるモチベーションというやつです。


モチベーションの維持方法については人それぞれだと思いますし、取り組む内容にも依る所が大きいと思います。

でも共通して1つだけ言えることがあります。


「成功した自分を思い描くこと」


我慢の果てに自分が手にする果実は?

苦しみから解放された時の感覚は?

達成感に打ち震える歓喜の度合いは?



人間には想像力という動物には無い力があります。

これを有効に活用すべきなのだと思います。


消費した活力は想像力を総動員してフルチャージできると思います。


負けそうになった時、長い人生のほんの少し先を想像するだけでいいのです。


そしてこの世界すべての挑戦者が、きっとあなたと同じ気持ちで戦っていることを忘れないで下さい。


などという戯言を、ブログを通じて自分自身に投げかけてみる今日の私でした。



今朝は重く圧し掛かってくるような空でした。

暗く濁り、浮世に澱んだ雨を滴り落としているような雲が頭上一面を覆っています。


また台風との事です。


それは夏から秋へ移る通過儀礼であり神聖な儀式のようなものです。

輝く太陽の世界から、鮮やかな黄金色の世界への通行手形です。


今のこの暗く湿った小道は、そんな二つの世界を繋ぐ峠道のようです。

再び素晴らしくも甚だしく異質の世界へとこの世を創りかえる為のかりそめの世界です。


それ故、私達は絶望することなく待つことが出来ます。

信じているからです。


素晴らしい事です。

全く見えないはずなのに一切の疑念を抱く事はありません。


人生もこのように捉える事が出来れば、不安は枯れ果て、期待は頭を垂れるほどに実る事でしょう。


少し先にある美しい世界を想像して過ごすのも、たまには良いのではないかな、と思いました。