大きい方は「13 慈母観音」さま。


愛はひそやかなものにして

愛はまた、寡黙である。


愛は忍耐強く、なにも求めない。

なにひとつ、「わたしのもの」でないのだから。


小さい方は「15 雨上がる」


あがらない雨はない。

晴れ渡る前の出来事。


それがわかれば雨もまた恵みとなり

雨音は優しい奏に変わります。


何一つ過不足なく

心はいつも満ち足りています。


ただ、気付かないだけのこと。


2つ合わせると


勉強するのは競争に勝つ為

仕事をするのはお金を稼ぐ為。


子供の頃から

「なにかのため」に生きてきました。


自分のする事には

当然見返りがあるものとして求め


また、当然のこととして

求められてきました。


けれども、


愛するのは愛される為

子どもを養うのは、将来のためですか?


本当にたいせつなものを

モノの価値と混同しないように。


壊れていくものには

値がつくかもしれませんが


壊れないもの(愛、いのち、信頼、友情、平和)に

値はつけられません。つけてはなりません。


捧げるという喜びを!


道があることを知っているから迷います。

道のある事を知らないものは

迷うこともありません。


迷い迷い歩いていいのです。

道が出来ます。

雨は上がります。


雨はあがったから、迷い迷いで良いから歩き出しなさいと。道は歩けば出来てくる。今まで知っている道では無いよと。それは「見返り」を期待しない本物の愛の道だと。徳を得と勘違いしてお金に走る人が多いです。事実に私も「少しでも安い方が」とどうしても思いがちでした。でも、安くなってるからと、本当はちょっと気に入らなくても買う癖、ようやっと直りました。バーゲンで3つ買うなら、本当に欲しいものを月々払いでも1つだけ買って、それを徹底的に大切にして毎日毎日使う。いつもそばにおいて愛でる。それが出来る様になって来てから、すごく満たされる様になり気持ちが豊かになってきたように思います。そして不思議な事に「欲しい」と殆ど思わなくなりました。それはきっと「自分が本当に欲しいもの」を手に入れているからです。そしてこの夏の猛暑でついに更に進んで、好き嫌いや高い安いよりも「身体が喜ぶもの」に完全シフトしました。元々あまり物欲がなくて、服やバックもサブスクがあるならその方がいいやぐらい執着がないのですが、暑さで体調がとにかく1番と思うようになりました。身体が健やかだと心も健やかになる。何をおいてもそれが大切だなあと。今日は、午後3時からのアポが突然午前9時過ぎになり、次の11時には押さずに行けたものの、朝からてんやわんやになりびっくり。でも、なんとかこなせて、全ては必然(^-^)さぁ、残ったタスクをサクサクこなしましょう。