大きい方は「3 弥勒如来」さま。

闇を嫌っても
壊したり、取り除いたり
追い払ったりすることはできませんね。

けれども

光を当てた瞬間、
闇はおのずと消えていきます。

そうだったのか、と
腑に落ちるという光です。

小さい方は「7 水の菩薩」さま。

水は全ての記憶と
つながっています。

あなたの人生は、
決して平坦では無かったでしょう。

しかし
苦しみの中から芽生えた
慈悲の心が

他者の痛みを我が身とする
崇高な意識を
あなたにもたらせました。

すでにあなたは観音の力を得て、
人を癒やし、助けています。

ふたつ合せると

あなたは光を灯すだけでいいのです。

この世界にあらわれたのは、
それぞれ理由があってのことです。

そこに「自我」を差し挟むことで
調和が崩れ、
あなたの問題が生じるのです。

観ているだけです。
「私」はいつも
合わせ鏡の中にいます。

それは希望や絶望とは
無縁でありながら

希望にも絶望にも似ています。

観るとはそういうことです。

「生まれるべくして生まれたのだから我を挟まない」。みんなそれぞれの人生の宿題を粛々とこなして魂の成長をします。過度の心配は、決して為にはならなくて、それはもしかしたら「愛」という名のもとのコントロールや我なのかもしれません。心配ではなく、信頼。信じて見守る強さ、時を経ることを待つ気長さ、それも自分自身を試されているのかもしれません。人様のことが気になり過ぎたら、顔を洗って、瞑想をして、真摯に自分と向き合い、自分磨きに専念する。昨日より、一昨日より、一ミリでも成長出来ている自分になれるように、自分を好きになれる努力をしたいと思います。